赤井川お泊まり企画のご報告!

やっと落ち着きました~

今日はまだ二人お泊まりしてますが(笑)

(というわけで、コメントへのレスもメールの返信もまた滞ってますが、ごめんなさいね!)

延べ・・・何人が我が家を訪れたんだろう???


4/28~5/1、怒濤の数日間でした(^^)


いやあ、楽しかったです~

  連日の深夜までの話し込み。

  ワイン。

  波動のグループワーク。

  散歩。

  対面コーチング。


やっぱり私は人が好きなんだなあ、としみじみ。

毎日充実していました。

毎日、私は幸せでした(^^)


みんな、大好き~!!!!



波動のグループワークもすごい良かったですよ!


先生方の吸引力で、先生方と会って話した人が次々に参加を表明されるので(^^)、
前夜になってもまだ参加人数が増える増える・・・


とうとう、17名にまで増えました。

びっくり。



そしてまたその内容の濃いこと。



波動のグループワークについて、経験していない人に説明するのはすごく難しいのですが。

一言で言って、人との関わり方を学ぶ感じ。

人の出している波動への共鳴を体験する感じです。



本当に、響きますよね。


リアルな感情って、周囲の人の胸を直撃する。



「波動」。まさに「波動」ですよね。

空気をさざ波のように震わせて、何かが全員の胸に伝わっていく。

それを何回も何回も体験しました。

最初は受信機だった人たちが、感情の波動を受けることで感動し、そこで感動の波動の発信器となる。

相互に発信器・受信機を繰り返すことで、その波動を増幅していく。


言葉の必要のない、深い共感。

自分の内側からこみ上げてくる強い想い。

理屈ではない共鳴・共感。



人って、いいものです。

やっぱり、「海が大陸と大陸をつなぐように、感情が人を結びつける」のだと実感しました。
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# by tamahomishio | 2006-05-01 19:56 | イベント情報

こんこんと湧き出る泉のように

ここのところ、ちょこっとへこんでしまうようなささやかな出来事が続きました。

「いったい今、私に何が起こっているんだろう?」

自分に起こったこと一つ一つを丁寧に見直してみました。



するとわかったこと。

すべて、私の中の同じスイッチが押されているのです。


  「私は、大切にされていない(;;)」と思ってしまうような、スイッチが。



私は大切にされたいのですね(^^)

子どもっぽい願望ですね(^^)。



私は『あたたかい心の交流』がしたいのです。

目の前の人と、心の触れあいを実感したい。

それが得られないとき、私はへこむのですね(^^;



目の前の方が大切な存在なので、私は自分の時間を割くのです。

「仕事だから」「代金をいただいているから」ではない。

その人が好きだから、その人と心を通わせたいから、

私は貴重な限りある時間を割き、エネルギーを使うのです。



  私は人の顔と名前を覚えるのが異様に苦手で、

  声を掛けられて「どなたでしたっけ」とお返事することもしばしばです(ごめんなさい!汗)。

  もともと、人の顔と名前を覚える分野のメモリがすごく少なかったのに、

  最近は関わり合う人の数が膨大になってきたので、

  完全に容量オーバーしてます^^;

  これからもきっと覚えきれないと思いますが、ごめんなさいね。

  それでも大切に思ってますから。





「ありがとう」と言って欲しいとか「感謝してほしい」ということではなくて。



交流がしたい。

 
心の触れあいを感じたい。


心を開いた会話がしたい。


真っ直ぐ向きあって、自分にとっての真実を伝え合った、と思える満足感が欲しい。


例え、万が一その内容が耳に痛いものであっても、

表面的なお世辞を聞かされるより百倍嬉しい。




ここのところ、たまたま立て続けに起こったささやかな出来事はみな、


私の方は心を開いて手を差し伸べるような気持ちで近づいたのに、

相手の方の反応が「スルー」だったり「拒絶」だったり、

もしくは「引かれた?」と思ってしまうような、

一線を画されるようなものだったりするものだった
、という点で、共通しているのですね。



私は心の痛みを感じずにいられませんでした。


そのとき届いたかめおかゆみこさんの「今日のフォーカスチェンジ


題して、「ただ感じ、ただ手放しなさい。」


出だしの数行を読んで、「これは私のことだ!」と感じました(^^;


  人間関係のなかで、
  相手が、どうも自分に
  冷たくあたるとか、
  不当にあつかわれている、
  と感じることがあります。


あいたたた・・・と思いました(笑)

そして、かめおかさんはこう締めくくりのです。


  相手の問題ではないのです。

  あなたが何を選ぶか、
  何を決めるかが大切なのです。


(全文はリンク先のかめおかさんのブログでお読み下さいね。)



ああ・・・・


と思いました(^^)


私は「感謝して欲しいとかありがとうと言って欲しいとかいうことではない」と

言いながら、見返りを求めていた、と(苦笑)


私が渡した(と思っている^^)「温かい気持ち」に見合うものをよこせ、と要求していました(汗;




私のするべきことは、ただ、温かい気持ち、温かいストロークを投げ続けること。

返ってこようと来まいと全く気にせず。

こんこんと湧き出す泉のように。

ただただ、私の内側から自然と生まれてくる思いやりや親愛の情を流し続けること。



私の心の師匠、かめおかゆみこさん、いつもありがとうございます!


もう手放します、もう傷つきません! (できるかな?^^)
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# by tamahomishio | 2006-04-19 02:57 | コーチングにもつながる考え方

波動療法ワークショップ体験記!

波動療法ワークショップが無事に終了しました。



直前になって参加が危ぶまれた友人も無事参加でき、

また、開催まで一週間を切ってからぱたぱたとお申し込みをいただき、

予想以上の盛況となりました(^^)

ありがたいことです。。。



「必要なものは全て与えられる」のですね。

やはり宇宙の働きを信頼して、お預けすればいいのですね・・・。

感謝感謝です。



波動療法、今回初めて講義を受けました。

波動の個人セッションは受けたことがありましたが、理論について学ぶのは初めてです。

すごい新鮮な体験でした~。



「自分自身の本質の根源」のお話、そして「意識の7つの層」についてのお話、興味深かったです!

うなりながら耳ダンボで聞き入ってしまいました。



で、分かったこと。


私が今までの試行錯誤で気がついてきたこと、学んだこと、人に伝えていきたいと願っていることと、

波動の先生方が伝えたいと思っていることは

ほぼ同じだ!

ということ。




今までも、同じ山の頂を目指している先輩だということは良く分かっていて、尊敬しながら後塵を拝する気分でいたのですが、


ここまで伝えたい内容が一致しているとは・・・驚きました。


同じ山の頂を目指すにあたって、選んだ登山道まで同じだったようです!

後を追わせてくださいませ~>先生方!



真理は外側にはない、自分の内側にある、っていうこと。

真理も神も、自分の外側に求めても、むなしいだけでなく危険だ、ということ。

自分自身と深いレベルでつながることによってしか、神も真理も体験できない、ということ。

決断すること、覚悟すること、腹を決めることの大切さ。

それらさえできれば、周囲は音を立てて変わり始める、ということ。

それらさえできれば、夢も目標も叶ってしまう、ということ。

「人はその個人的な世界の神だ」ということ。





   .。.・:*: ☆ .:*:・:'




2/17の日記『「ここではないどこか」への憧憬』で、

私の奥に潜み続けていた「寂しさ」、「厭世観」について書きました。

そして、この日記の末尾に、


>「波動療法一泊二日ワークショップ(3/18-19土・日)」には期待!


と書きました・・・



この期待は裏切られませんでした。

まさに、この一連の気づきの嵐の総まとめとも言えるような・・・



改めて、「生きよう」と思いました。

腰を据えて、腹を決めて、生きよう、と。



まだドヨドヨに落ち込んで、体の調子までよくなくってベッドで寝ている時、天使に問いかけました。

「なぜ生きるのですか?」と。

その途端、答えが与えられました。






問いかけをした直後に、


別室で静かに遊んでいた次男が、突然私の寝ている部屋に駆け込んできて、

ただ黙ってほおずりとチュウをし

また部屋から駆けだしていきました。



「これが答えだ」と思いました。

天使が問いかけに答えてくれた、と。



人と温かく関わっていくために。

愛しい存在と、肉体を通して触れあうために。

そのためにこの三次元の地球に生まれてきたのだ、と。



「波動療法ワークショップ」で、その気づきが血肉となりました。



「波動療法ワークショップ」で、人と関わろうとしている人の姿の美しさを見ました。

腹を決めて、人と真の触れあいをしようとしている人の姿に、激しく胸を打たれました。

私が「ライトワーカーの支援」をミッションに掲げているのは、「人と関わろうとしている人の姿が好きだから」だということに、改めて気づきました。



私は、人と温かく関わり合うために生まれてきました。

私は、人と真に触れあうために、肉をまとって三次元現実社会に生まれてきました。


私と、関わり合ってください。

私と、真に触れあってください。

どうか、あなたもまた、「生きる」と、「心を開いて人と触れあう」と、腹をくくってください。

傷つくことを恐れて、心を閉じないでください。

ぶつかることを遠慮しないでください。

ぶつかることを遠慮することが、婉曲な拒絶であると、気がついてください。

それがどれほど人を寂しがらせるか、気がついてください。


私は、あなたと真に触れあうために、生きています。

私はここにいて、あなたを待っています。



- ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・
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# by tamahomishio | 2006-03-19 02:07 | 自分の本質を輝かせる!

この世界に恋して

私の暮らす北海道の山村では、もう一週間くらい前から銀世界です。
(今日なんか、吹雪だったりします^^)

でも、本州ではまだ紅葉だったりするのですね!


では、この絵本もまだ遅すぎない?とあわてて取り出した一冊
  

メルマガ魂に効く絵本  ~絵本は恋に似ている~ 2005.11.30 第12号

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『ボビーとそらいろのヨット 』

  マーガレット・バーディック 作、童話館出版(3歳くらいから)

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 ~あらすじ~


  ボビーはカワウソの男の子。

  ある秋の日、アナグマさんのお店で、素敵なヨットを見つけました。

  
  大きな白い帆のついた空色のヨット。

  「ビーバーさんの作品。いいものと交換します」
                  の札がついてました。



  こんな素敵なヨットと交換してもらえるほどの「いいもの」って
  いったいなんだろう?


  きれいに色づいた森の木の葉は すぐに茶色くなってしまう。

  おいしい小枝は 食べたらなくなってしまう。

  川底できらきら輝く小石は 乾いたら何でもないただの小石。


  

  なかなかいつまでも喜んでもらえるものが見つけられません。



  夕日を眺めながらヨットのことばかり考えていた日の夜、

  ボビーは空色のヨットで遊ぶ夢を見ました。



  ヨットは金色の夕焼けの海に浮いていました。

  帆は、綺麗な秋の森の色。

  空のお月様は、きらきら光る小石のようでした。


  次の朝、目が覚めるとすぐに、

  ボビーは絵を描き始めました。




  美しい色の絵の具で、夕日のしずむ、カエデの森を描きました。

  そのなかにきれいな木の葉と小枝と、
 
  きらきら光る小石を、いっぱい描きました。



   「すばらしい絵だよ、ボビー!」とアナグマさんがいいました。

   「これなら空色のヨットと交換してあげるよ。

      きっとビーバーさんがいつまでも喜んでくれるからね。」





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'






この美しい世界に恋して、恋いこがれて、

その想いの結晶が「芸術作品」なのだ。



いくら心奪われても、

決して手の中にとどめておくことのできないもの。


 秋の森の 木の葉の色。

 金色の 夕焼け。

 濡れた小石が 川底で日の光を反射する。


 帆に風をみなぎらせたヨットが描く マリンブルーの海の白い航跡




「恋う」は 「請う」であり

      「乞う」である。


どうかもう少し近くに、と請い願うこと。


どうか触れさせてください、と、

どうか一瞬でも長く ここにとどまってください、と乞うこと。



「恋」は「来い」にもつながる。

決して手に入らぬもの、決して手に届かぬものを、

声をからして呼ぶ声。


それが、芸術作品を生み出す原動力。



決して手には入れることが出来ないけれども、

希求することをやめることもできない 崇高なものへの憧れ、恋。


決して所有することのできないものから引き起こされる心の震えを 

いかに上手く再現するかの 技術の追求に、

その恋うる想いを昇華させる。


それが芸術。




ビーバーさんは大きな白い帆を張った青いヨットの姿に

なにかをかき立てられたのだろう。

だから模型を作らずにいられなかった。


その心の震えや胸の高まりを

もう一度呼び起こしてくれるほどの質の高さを目指して、一心に。



ビーバーさんの感動と憧れがこもり、

手塩にかけて丁寧に作られたヨットは、

同じくらいの想いと熱意の込められた

ボビーの絵となら、交換できた。


良い作品はそれなりの対価を求めるのだ。




この絵本の最後のページで、

ビーバーさんはボビーの描いた絵を眺めながら、手仕事に励んでいる。

窓の外は雪景色。

雪に閉ざされた冬の間、ビーバーさんは温かい室内で、

木を削って新しい作品を作りながら、ボビーの絵を愛でる。


身の回りの世界の美しさに、幼い少年が息をのみ、目を見張った。

その純粋な悦びと驚きがそのまま表現されている、絵。

冬の過ごし方として、なんて豊かなことだろう。





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'




一瞬のきらめき、一瞬の感動を

     形にしてとどめておきたいのだ。


その心の震えや胸の高まりを

もう一度呼び起こしてくれるもの。

それを所有したいのだ。




私たちはこの地球に恋して生まれてきた。

その美しさに触れる度に胸が躍る。

心の琴線が高鳴る。



恋いこがれるばかりで

決して手に入れられない はかなくも崇高な現象たち。


 蜘蛛の糸につらなる朝露。

 雨上がりの虹。

 真っ黒い雨雲を切り裂いて走る稲妻。

 天青石の空に浮かぶローズクォーツの夕焼け雲。

 美しく咲き誇り、あっという間にしおれていく花々。

 あどけなさをすぐに卒業してしまう幼子たち。

 いずれ 別れの時が来る 愛する存在たち。



決して手中に収めておくことは出来ないけれども、

希求することをやめることもできない。



私たちは その苦しい恋を 芸術に昇華し続ける。



どうかもう少し近くに、どうか一瞬でも触れられますように、

と請い願う。


どうか一瞬でも長く ここにとどまっていてくださいと乞う。



その想いこそが芸術作品を生み出す原動力。





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'




動物たちが主人公の可愛らしいミニサイズの絵本。

でもその可愛らしさにだまされてはいけない。

この絵本には、「芸術とは何か」がつまっているのだ。



幼いうちにぜひ出会って欲しい一冊。




      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'




『ボビーとそらいろのヨット』 
マーガレット・バーディック 作、 わたなべ しげお 訳
童話館出版(読んであげるならおよそ三歳から)

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# by tamahomishio | 2005-12-01 16:17 | 魂に効く絵本

エルマおばあさん

木の葉が色づき、舞い散る 晩秋となりました。

ここ 北海道では、初雪も舞いました。


全ての生命活動が一旦休止するかに見える、

北の国の厳しい冬の訪れです。



そこでこの季節、「死」を見据える絵本を選んでみました。

  

魂に効く絵本  ~絵本は恋に似ている~ 2005.10.27 第11号

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『さよなら エルマおばあさん 』

  大塚 敦子  写真・文、小学館(10歳くらいから)

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 ~あらすじ~


  ある夏の終わり、エルマおばあさんは、お医者さんから、

  病気でもう長くは生きられない、と言われました。





著者の大塚敦子さんと 以前から家族ぐるみのつきあいで、

孫のように可愛がってくれていたというエルマおばあさん。



その大塚さんが、許可を得てエルマおばあさんの自宅に住み込み、

介護を手伝いながら撮った写真で構成された

ドキュメンタリー写真絵本。



外出前にお化粧するエルマおばあさん。

老人クラブの朝食会で友人たちと談笑するエルマおばあさん。

庭で草花の世話をする姿。



その後、

 ゆっくりと 衰弱していくエルマおばあさんの姿。



  「それは、体が旅にでる準備をしているからなんだよ」
  本書19pより



点滴を付けた寝姿。

そして、延命治療をしないで欲しい、という要望書に
サインするシミの浮いた手。


弟との、子どもたちとの、親戚たちとの、

別れを惜しむシーンの数々。




とうとう、歩けなくなります。


酸素吸入器の細いチューブを鼻に刺した顔は、
以前よりも 一回り小さく見えます・・・。



  そして、まるでゲームでも楽しむみたいに、
  こんなことも言いました。

  「わたしは、自分の死ぬ日を決めたからね。

  その日付を紙に書いてかくしておいたから、

  私が死んだあと、さがしてごらん。」   p43より





そしてある日、

その日がエルマおばあさんの決めた日だ、ということが、

家族にもわかりました。



その夜、みんなは寝ないでエルマおばあさんにつきそいました・・・





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





 “この本は、子どもたちだけではく、お父さんお母さんにも、

 ぜひ読んでいただきたいと思います。

 そして、子どもといっしょに、

 「人の命には限りがあり、だれにも必ず死を迎えるときがくること」や

 「死が訪れる瞬間は苦しくないこと」を

 話し合ってほしいと思います。”

   本書の帯より(ホスピスケア研究会代表 季羽倭文子さんの言葉)




      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





エルマおばあさんの淡々とした姿。

それが写真である、という重み。

迫り来るリアリティ。




最後まで、強いまなざしを持ち続けていた彼女。


しわくちゃの、一回り小さくなった顔の中の

意志に満ちたまなざし。

力強い瞳。




それは、


  自分の死に方を自分で決めた満足感と誇りで


        輝いているのだ。





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





死は破滅でも敗北でもない。

死は忌むべきことではない。


人生という作品の大切なエンディングなのだ。

クライマックスを経たあとのエンディング、大団円。


一年は、冬があって初めて完全な一年なのだ。

1日は、夜があって初めて完全な1日なのだ。



天寿を全うした老人の死は、

季節が来て舞い落ちる木の葉のように静かで

そして 尊厳に満ちている。



それは、物事のあるべき姿を思い起こさせる。



季節は巡る。

夏が過ぎ、青々としていた木々の葉は 色を変えていく。

そしてある時、そのときが来たことを知る。

葉は、風に手を取られ そっと枝から離れる。

旅立つ。

それはとても自然なこと。





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





考えてみれば、


今まで生きてきた数え切れない数の先人たちも、

一人残らず死んだのだ。


今生きている私たちも一人残らず死に向かいつつあるのだ。


誰一人死を免れないのだ。

むやみに恐れることはないのだ。

誰にだって訪れることなのだ。

全員が通り抜けるところ。




  すごく普通のこと。

  特別なことじゃない。





命は大いなる流れに浮かぶ泡沫だ。

かつ消え、かつ結び、を繰り返す。

泡が消えても、元の流れに戻るのみ。

そして、また泡を結ぶこともあるのだ。





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





しかし、死は痛ましい。

 嘆きと 喪失の哀しみに 満ちている。



パール・バックの「母の肖像」の中の一節を思い出す。




   「(こどもは天国で安らかにしていると)考えたからといって、

         母親の腕と心が充たされると思うんですか?」


            (中略)


   「肉体は何でもないでしょうか? 

    私は自分の子どもたちの肉体を愛しました。(略)

    私が生んで、可愛がって、洗ってやり、着せてやり、

    面倒を見てやった肉体は、私には貴重な宝です。」
  
         『母の肖像』P・バック 新潮文庫p123より
    




私たちは地上で生きている。

肉体をまとって生まれることを選んだのは、
五感で生きることを味わうため。

感覚や感情を通して事物と関わるため。

肉体を通して他者と関わるため。



 「海が大陸をつなぐように、

   感情が私たちをつなぐよすがなのです」

              本田健さんの言葉より。




肉体を通して、私たちは触れあう。

感情を通して、私たちは触れあう。



地上の肉をまとって、

初めて私たちはお互いの重みと温かさを知ることができる。



子どもの身体のずっしりした温もりを膝に感じ、

恋人の髪の感触にドキッとし、

老いた母の細い肩をもみながら 

  幼い日に抱きしめられた 母親の力強い腕を 思い出す。



肉体が喪われるとき、

私たちは触れあえなくなる。

お互いの温もりを感じることが出来なくなる。



それを嘆くのは当然のこと。

去る者も残されるものも 名残を惜しむのは当然のこと。




死は破滅でも敗北でもない。

むやみに恐れることではない。

忌むべきことではない。

しかし、一時の別れとはいえ、別れは別れなのだ。


文字通り、今生の別れを

心ゆくまで悼み、大いに嘆き、惜しもう。


それができて、初めて私たちは心の平安へと行き着くのだ。





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





一人の老女の いのちが燃え尽きるさまを淡々と記録し
その後の喪失の空間の痛みまで切り取った、感動の一作

『さよなら エルマおばあさん 』
  大塚 敦子  写真・文、小学館(10歳くらいから)
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# by tamahomishio | 2005-10-28 16:09 | 魂に効く絵本

たとえ赤い糸の相手と巡り会えても【夫との出会い その17完結編】

私は、21歳という若さで、思い描いていた通りの男性と巡り会いました。

それは、単純な幸せを意味しませんでした。


幼稚で未熟なまま「運命の人」と出会う。

私は早すぎる出会いに苦しみました・・・


すっかり休止状態になっていましたが、とうとう完結編です!



  変えられることを変える勇気と

  変えられないことを受け入れるつよさと

  その二つを見分ける智恵を、

  神よ、私にお与えください



こんな祈りがあるのをご存じですか?

私の考える「夫婦ラブラブの秘訣」は、まさにこの祈りの通りです。



変えられることを変える勇気。

タロット占い師への道 その7」で書いたように、

私は、夫婦はケンカを避けていてはいけないと思うのです。

決して、真正面からの対峙から、逃げてはいけない。


真実の話し合いを諦めないで模索し続けよう。

あなたが求めているものは何か、何がつらいか、何が苦しいか、ストレートに胸から胸へ直球で投げ込もう。

どうか、より良い関係へ変わる努力をあきらめないで。



人と人は、宇宙の虚空に浮かぶ惑星同士のように孤独。

たとえ夫婦だろうが、人と人の間には、深遠な淵が横たわっている。

だからこそ、伝えたい!届けたい!という強い想いと共に、声を振り絞って伝えていかないと、何一つ伝わらない。

そうしないと、何一つ分かり合えない。



もちろん、相手を傷つけたり貶めたりするケンカはNGです。

かえってお互いの間の溝を深め、関係を壊すだけ。

そうではなく、あきらめずに、真剣に、話し合い、議論を戦わせ、想いをぶつけること。

それなくして、どんな人間関係が持てるというのでしょうか。



激情のまま相手を傷つけるケンカではなく、自分の真実の想いのたけをぶつけるケンカをしよう。

そんなケンカをする勇気を持とう。

自分たちの関係をより良いものへ変えていく挑戦をあきらめてはいけない。

私は心の底から、そう思います。







そして、変えられないことを受け入れるつよさ。

さっき書いたことと一見矛盾するようですが、これはつまり、「あきらめること」「手放すこと」なんですよね。

相手は別の人格なのだ、とあきらめること。

決して理解しあえない部分はある。

それはそれで仕方ないんだ、とあきらめること。

相手は決して自分の期待通りになんか動いてくれない。

このことを受け入れること。

同じ方向を向いて、伴侶として歩いていけるならば、つかず離れずの距離でいいじゃん、と手放すこと。

相手の存在、相手の人格を、丸ごと受け入れて認めること。



相手の趣味、思考回路、性格等は変えられない。

相手の価値観も変えられない。

自分自身が、まずは自分と異なる価値観を受け入れられるよう、変わること。



何が変えられて何が変えられないのか、その二つを見分ける智恵。

これが一番大切なような気がします。

そのためにも、まずは「話し合い」まずは「議論」なのかな。

自分が何がイヤで何がつらくて何で困っていて、どうなりたいのか。

何を求めているのか。

相手にどう協力して欲しいのか。

それをぶっちゃけること。


まずは自己開示ですよね。


自分が先に勇気を出して自己開示すれば、パートナーも自己開示を始めることは多いものです。


むやみに非難されたり攻撃されたりはしない、と信頼関係ができれば、用心深いパートナーも心を開いて話し合いの席についてくれるかもしれません。



本音で話し合うことで、「何が変えられて、何が変えられないのか」が明確になっていくことでしょう。


話し合いもせず、努力もせずに諦めて投げ出うのは、成長を投げてしまうこと。





そして、「お互いが自分らしい人生を生きるためには、別れることも辞さない覚悟」。

そして、「まずは自分自身が幸せでいること」。


この二つも秘訣に加えたいと思います。

別れるしかない二人、というのもあります。

また、「別れ」を具体的にイメージして始めて価値が分かる、という場合があります。

「死」を見据えることが「生」を見据えることとイコールなように、「別れ」を直視することは「パートナーシップ」の価値を認識することに直結するものです。

子どもが上手くできないときにすぐに放り出して駄々をこねだすような、そんな安易で逃避的な「別れ」は不毛です。

でも、常に「別れも選択肢としてあり得る」という覚悟は大切だと思います。


「いつか必ず死ぬのだ」と実感しながら生きることが一瞬一瞬の価値を高めるように。


私の場合は、明確にそうでした。

何度も別れを繰り返していますが、その度に、「ああ、私にはこの人が必要なんだ。私はこの人を失いたくないんだ。」ということが腑に落ち、

抵抗無く「この人と上手くやっていくための努力」をすることができるようになっていきました。

多分、彼も同じような感じなのではないか、と思います。





それから、「まずは自分自身が幸せでいること」。

幸せな人だけが、周囲の人に幸せのお裾分けができるのですから。

私が自分のやりたいことを見つけ、どんどん満足感と充足感が満ちていくにつれて、夫婦仲は良くなっていきました。



「こんな人生を歩みたい」「こんな人でありたい」という大筋な価値観は一致しているけれども、

細かい点では食い違いだらけ、全然かみ合わない私たち二人。

そんな二人が紆余曲折を経てなんとかラブラブ夫婦にたどり着けた秘訣は以上の5つです。


・変えられることを変える勇気と努力を惜しまないこと。

・変えられないことはあきらめ、手放すこと。

・変えられることと変えられないことの二つを見極めるために、話し合いで心を開き本音を語り合う習慣を持つこと。

・「別離」も視野に入れ続けておくこと。

・まずは自分が幸せになること。


これらはあくまで私にとっての秘訣なので、誰にでも普遍的に効果のあるものとは言えないかもしれません。


でもここから、何か参考になったり、刺激となったりするものを各自汲み上げてもらえれば嬉しいと願ってます。


以上、長々と続けてきた「夫との出会い」シリーズですが、これで一旦区切りを付けたいと思います。


未来予知なのか、理想を明確にしていたら叶うという願望実現の法則なのか、それとも前世から約束していた赤い糸の相手だったからなのか、

とにかく私は子どもの頃に思い描いていたそのままの相手と、運命的に旅先で出会ってしまったのですが。


そんな運命的な出会いだろうが、赤い糸の相手だろうが、人と人がパートナーシップを築いていくのは困難なものなんだ、ということを書きたかったのです。

努力は惜しんではいけないけれども、どこかでは諦めなくてはいけない、っていうこととか。

その辺が伝わっていれば幸いです(^^)
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# by tamahomishio | 2005-09-27 19:29 | 自分の本質を輝かせる!

たとえ赤い糸の相手と巡り会えても【夫との出会い その16】

「こんな人でないと結婚しない」と思い描いていたその通りの人と出会う。
しかも旅先で。

先方までが私を気に入ってくれた。

奇跡ですよね。

赤い糸の相手だったということだと思っています。

でも、その後の展開は全然スムーズじゃなかった・・・



すっかり休止状態になっていましたが、とりあえず、次回で完結させたいと思います(^^;



私は、21歳という若さで、思い描いていた通りの男性と巡り会いました。

それは、単純な幸せを意味しませんでした。


幼稚で未熟なまま「運命の人」と出会う。

私は早すぎる出会いに苦しみました。



何かを選ぶ、ということは、他の選択肢を捨て去るということです。

「決断」は、「絶つと決める」と書きます。



彼を選ぶということは、他の恋を諦める、ということでした。

彼と一緒の未来を選ぶということは、他の未来の可能性を諦める、ということでした。



彼との交際期間に、何度か別れていますが、そのうちの一回は「他に好きな人ができたから」でした・・・


私が幼い頃から思い描いていた通りの理想の人である今のダンナを振ってまで付き合いたかった人もまた、明らかにソウルメイトでした。


若いときに「赤い糸の相手」と出会うということは、再会を約束していたソウルメイトと出会っても、恋ができないということです(^^;


明らかに「恋の相手としての再会」を約束していたソウルメイトと、やっと巡り会えたとき、「結婚の相手としての出会い」を約束していたダンナともう出会ってつきあっていた・・・


私は板挟みになって、ひどく苦しみました・・・


出会いの順番が、逆ならば良かった・・・



本当に苦しかった時期、その彼との過去世を思い出しました。

チベットの僧院で共に修行していた親友でした。

再会を約束して転生して、そして出会えたのにね・・・。



彼とは「恋の相手としての再会」。

“金髪の日本人さん”(今のダンナですね^^)とは「結婚の相手としての出会い」。

時が経つにつれて、そのことが明確になったので、ダンナの元へ戻りました。

ダンナも心が広いと思います。

ひどく傷つけたはず。

それなのに、よくぞ受け入れてくれました。

よくぞ許してくれました。

でも、私だって苦しかった。

悶絶するほどの苦しみでした。

出会いの順番が、逆ならば良かった・・・


早すぎる出会いに苦しんだ、一例です。



“金髪の日本人さん”は理想通りの人でした。

夢に描いていた通りの、尊敬に値する行動力、知性、寛容さ、向上心、決断力、自立心・独立心の持ち主。

が、共通の趣味にも話題にも乏しい人。

そして、依存させてくれない人。

寂しいだの会いたいだのと言ってくれない人。

私がそういうこと言っても「?」という反応しか返してくれない人。

自分がとても自立できている人なので、私の甘えたい願望や依存心を理解できない。

「会いたいって・・・会って何するの? あ、セックス?」みたいな反応です(これマジ^^;)。




内側に泣きやまないインナーチャイルドを抱えたアダルトチルドレンの一人である私。

ひとりぼっちが怖くてならず、すぐに精神的に不安定になる私を、なんの悪気もなくポンと突き放す・・・

鬼コーチか!って感じでした。



彼とつきあい続け、彼と結婚するということは、「私を甘やかしてくれる男性との居心地の良い恋は、この人生ではもう二度とできない」ということを受け入れることでした。

「恋人には自分を理解してほしいし共感してほしい」という願いをきれいさっぱり諦めるということでした。


彼とつきあい続け、彼と結婚するということは、自分の未来の可能性の幅を極端に狭めることでした。

私は大好きな国、タイと関わって生きていきたいという夢も一旦諦めました。


大学卒業後のタイ留学を、半年で切り上げて帰国したのです。

タイではなく、彼と生きていく人生を、私自身が選びました。

でも、それは苦渋の選択でした。

その後何年も、ひどい喪失感と挫折感、そして後悔を引きずり続けました。

思う存分やりたいことをやった後に、出会えば良かった・・・

これもまた、早すぎる出会いに苦しんだ一例です。



「こんな人生を歩みたい」「こんな人でありたい」という大筋な価値観は一致しているけれども、

細かい点では食い違いだらけ、全然かみ合わない私たち二人。

そんな二人が紆余曲折を経てなんとかラブラブ夫婦にたどり着けた秘訣は・・・

(つづく)(次回は完結編!)
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# by tamahomishio | 2005-09-26 19:28 | 自分の本質を輝かせる!

家族全員で 幸福探しの旅【魂に効く絵本】

魂に効く絵本  ~絵本は恋に似ている~ 2005.9.24 第10号

キノコ採り、果物狩り、芋掘り・・・

秋って、狩猟採集時代の古いDNAが騒ぐ季節。

実りの秋。

そんな秋の景色が美しく描かれる絵本を取り上げてみました。




   ☆「家族全員で 幸福探しの旅」

             がテーマの 絵本 ご紹介



∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

14ひきのひっこし 』 14ひきのシリーズ

  いわむら かずお  文・ 絵、童心社(読んであげるなら3歳くらいから)

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 ~あらすじ~

お父さんお母さんに

子どもが10人。

それにおばあちゃんおじいちゃん。

三世代、総勢14匹のネズミの大家族。



その一家が、秋の野山の景色の中

新しい巣穴を探して、大移動。



その旅は希望にも満ちているけれども

命の危険とも隣り合わせ。



天敵のイタチを、息を潜めてやりすごす。

川が行き先を遮れば、助け合いながら、渡る。

夜は、やはり天敵のフクロウを警戒しながら、不安な野宿。



そんな長い旅の末、やっと新しい巣穴が見つかった!

大木の根っこに空いた洞だ。


今度は新しい巣穴を快適な「家」にするための

一致団結した努力が始まった・・・





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





天敵のイタチと遭遇したとき、川を渡るとき、野宿のとき。

危険なときは、家族一丸となって協力体制をとる。



まだ少年の長男次男も、鋭くとがった棒を持ってイタチを警戒するし、

長男はお父さんと一緒に たき火を囲んで寝ずの番もする。


家族を守るためには、闘う覚悟ができているのだ。

幼い弟妹を守るために。



まだ少年の長男次男も、川の両岸で綱を支える。

幼い弟妹や年老いた祖父母が 安全に流れを渡れるように。



家族全員で困難を乗り越え、幸福探しの旅。

その中で、それぞれがそれぞれの役割を果たそうとして

一生懸命。




      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





私の敬愛する河合隼雄先生は

「児童文学」を論じた本も数多く著されているが、


家族が協力し合うことについて

「大草原の小さな家」シリーズを例に上げ

こんな一文を書かれていました。



インガルス一家が幌馬車で川を渡るシーン。



お父さんはもちろん先に立って、

馬の手綱をしっかりと握りしめ、

流れの中で足を踏ん張り、一歩ずつ向こう岸を目指す。



子どもたちは幌馬車の中で怖いのを我慢してじっとしている。

お母さんはただ静かにその子どもたちを抱きしめている。


家族全員が、できることを精一杯やっている。

一家が直面した危機を乗り越えるために、全員が協力している。





子どもにはできることと出来ないことがあって、

お父さんと一緒になって川の中には入っていけない。


けどだからと言って自分を役立たずだとか責めなくてもいい。

怖いのを我慢してじっとしていること。

それも役割を果たすこと。



どんな子も、いつも、

そのときに家庭で果たせる精一杯の役割を果たそうとしていて。

健気に。




      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'




「14ひきのひっこし」でも、

年かさの子どもたちは棒を持ってイタチを警戒する。

小さな弟妹たちは怖いのを我慢してじっとしている。。。



おじいちゃんおばあちゃんも

そんな子を抱きしめたりしながらじっとしていて。。。



新しい巣穴を快適な「家」にするための大工仕事の場面でも、

大きい子どもたちはお手伝い。

小さい子どもたちは走り回って遊んでいる。



それぞれにできる精一杯の役割を果たして居る。

胸が熱くなるようだ。



幼い人たちは

そこにいて笑いながら遊んでいてくれれば

それが役割を果たすこと。




幸せそうにしていること、っていう役割がある。





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





ただ遊んでいるだけのように見える子どもたちも 

それが役割。



社会と一緒。


無駄と思えるものを排除しちゃうと

潤いや柔軟性のない社会になる。

多様性こそが生命力を高めるのだ。





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





家族全員で困難を乗り越え、幸福探しの旅。

幼い子どもたちまでもが それぞれの持ち場を守りぬく。




最後から二ページ目では、

ろうそくの柔らかな明かりの中、

家族全員で

秋の実りがふんだんに饗された 豊かな食卓を囲む。


一日の労働のあとの、和やかな食卓。



  家庭という幸せ。

  家族があるというの幸せ。

  自分の居場所があるという幸せ。


  一緒に困難に立ち向かう仲間がいるという幸せ。

  守るべきものがあるという幸せ。

  それを今日も守り抜けたという幸せ。


     満足感と感謝と喜び。





全ての家庭が、

今日もまた困難を乗り越え終わって、

家族一同笑顔で 食卓を囲めていますように。





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





細やかに描き込まれた、秋の里山の風景が美しい名作定番絵本。

『14ひきのひっこし 』 14ひきのシリーズ
  いわむら かずお  文・ 絵、童心社(読んであげるなら3歳くらいから)





      ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞




映画『インディゴ』札幌・小樽上映会

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10/5 札幌上映会 札幌エルプラザホール
     ☆昼の部 14:30開場 15:00上映開始~16:30
     ☆夜の部 18:30開場 19:00上映開始~20:30

10/10 小樽上映会 日専連小樽7階ホール
     ☆夜の部 18:00開場 18:30上映開始~20:00
---------------------------------------------------

  詳細はこちら
  

近年、いままでの常識では考えられないような言動をする子供たちが
増えています。

 この中には、「インディゴ・チルドレン」と呼ばれる子供たちも
多く含まれています。

 ・興味のあることには一生懸命。
しかし関心ないことにはぜんぜん見向きもしない。

 ・枠にはめられることを極端に嫌がる

 ・人とうまくかかわれない

 ・注目を浴びたいとか周りを困らせたいというのではなく、
単なる好奇心から危険なことをしたりする
  (脳に刺激を求めたがる)

  (インディゴチルドレンとは?


周囲の人々とは異なって生まれついたこの子たちが、
どうか周囲に理解され、
認められて
健やかに育ちますように。

そんな祈りを込めて、
自主上映にボランティアとして協力しています。

どうか、この映画が
一人でも多くの人の目にとまりますように。




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# by tamahomishio | 2005-09-23 16:08 | 魂に効く絵本

たとえ赤い糸の相手と巡り会えても【夫との出会い その15】

「こんな人でないと結婚しない」と思い描いていたその通りの人と出会う。
しかも旅先で。

先方までが私を気に入ってくれた。

奇跡ですよね。

赤い糸の相手だったということだと思っています。

でも、その後の展開は全然スムーズじゃなかった。


付き合いだしてわずか4ヶ月後に最初の別れは訪れました。


育った環境、今いる環境、などが違い過ぎ、すれ違いばかりでしたから・・・

共通の話題も全然なくって・・・



復縁のきっかけは、Kくんが作ってくれました。


旅先で出会い、北海道と東京の遠距離でつきあっていたので、共通の知人・友人が極端に少なかったのですが、Kくんはその数少ない共通の友人のうちのひとりでした。

その彼が、強引に

「“金髪の日本人”さんのところにスキーに行こうよ!」

と誘ってくれたのです。



スキー場でのたくましくて生命力あふれる“金髪の日本人さん”の姿に、私はまた惚れ直しました(*^^*)



ちょっとくらい趣味が合わなくても、感覚が違っても、ちょっとくらい寂しい思いをすることになっても、私はこの人じゃなきゃ嫌なんだ。

とにかく私はこの人がいいんだ。




でも、短い滞在期間はあっという間に過ぎ、帰る日が近づいてきました。


そんなとき、また“天然”くんのKくんが爆弾発言をしたのです。



「僕は用事があるから帰らないと仕方がないけど、たまちゃんはもう少しいればいいじゃん。

どうせ大学、冬休みなんでしょ?

だったらゆっくりすればいいじゃん。

僕は一人で帰るから、たまちゃんは残りなよ。」



私は驚いて「だって・・・迷惑だろうし・・・」とかなんとかモゴモゴつぶやきました。

“金髪の日本人さん”は「別に迷惑じゃないよ。残れば?」と答えてくれました・・・



次の日、Kくんはニコニコとさわやかに一人帰って行きました。



“金髪の日本人さん”が「残れば?」と言ってくれた時点で、そして私が一人残ることを決めた時点で、私たちは再び付き合い出すことを決意したわけです。

「だって、自分から“別れよう”って言って私を振ったくせに!」と後からすねてみせると、「僕とつきあってるせいで苦しいなら悪いと思ったから」と言ってくれました。


その当時も、今も、一貫して、彼は私をとても大切にしてくれます。

私は、その当時も、今も、一貫して、彼に惚れ込んでいます(*^^*)



でも、全然スムーズじゃなかった。


何回も何回も大喧嘩を繰り返し、傷つけあいました。

何回も何回も別れました。

結婚してからもそれは続きました。

何回も何回も「離婚」という言葉が飛び出しました。



私がこの連載を通して伝えたかったことは、


「運命の人と出会えばハッピーエンド」というわけではない!


ということです。





出会えればめでたしめでたしではありません。


「チャンスが巡ってきても、それをつかんでモノにするのは自分の行動力」

なのです。



そして、出会って結ばれるところでハッピーエンドが訪れるのは、おとぎ話の中だけです。


「その後、関係性を築いていくのは自分の努力」


なのです。



私は、21歳という若さで、思い描いていた通りの男性と巡り会いました。

それは、単純な幸せを意味しませんでした。


幼稚で未熟なまま「運命の人」と出会う。

それはなかなか過酷な経験でした。



「運命の人」と出会う時期の早い遅いにかかわらず、親密で継続的な関係を誰かと持てるようになるには、人生経験と人格の成熟が必要なのです。


自分磨きと人格の成長に、出会ってから取り組むのか、出会う前に取り組むのか。

その違いがあるだけなのです。


「他人といいパートナーシップを築けるようになっているかどうか資格試験」に、合格してから出会うのか、

出会ってから、合格するまで過酷な勉強に取り組むのか。


その違いだけ。

そんな感じです。



私は、「早すぎる巡り会い」に苦しみました。



(つづく)
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# by tamahomishio | 2005-08-31 19:26 | 自分の本質を輝かせる!

たとえ赤い糸の相手と巡り会えても【夫との出会い その14】

「こんな人でないと結婚しない」と思い描いていたその通りの人と出会う。
しかも旅先で。

先方までが私を気に入ってくれた。

奇跡ですよね。

赤い糸の相手だったということだと思っています。

でも、その後の展開は全然スムーズじゃなかった。

育った環境の違い、今いる環境の違い、趣味の違い、感覚の違い、すべてがすれ違って、つらくてつらくてたまらなかった。

苦しいばかりの毎日・・・。

とうとうつきあいだして数ヶ月後、別れました。


「偶然にばったり」もあり得ない遠距離恋愛です。

いったん別れてしまえば、復縁は難しい。

普通ならここで復縁はないことでしょう。



しかし、運命の天使様が微笑んでくれました。



別れてから1ヶ月ほどたった頃、電話が鳴りました。

韓国のソウルの安宿で一緒にたむろっていた仲間からでした。

彼との出会いの舞台になった、あの安宿です。


「“金髪の日本人”さんのところに泊めてもらってスキーしようと思うんだけど、一緒に行こうよ!」


その子は細かいことにはこだわらないニコニコ朗らかな男の子で、

  「“金髪の日本人”さんとは実はその後つきあって別れたので、
  気まずくてとても行けない」

と断っても

  「そう言わずに行こうよ」
  「いいじゃんいいじゃんそんなこと気にするなよ」

の一点張り。



普通、そんな理由を聞かされたら「そう・・・ごめんね・・・」とすぐに引っ込みませんか?




その子はニコニコと爆弾発言を平然と口にするような、それで
周囲が凍っていても気づかないような、そんな天然キャラでした(^^)



でも、そのカラリとした明るさに「別にいっかー」と行く気にさせられたんですから、私たち二人の恩人ですね。。。。

最近すっかりご無沙汰してますが、Kくん、感謝してます!



もちろん、嫌いになって別れたわけじゃなかったからこそ行こうかなと思えたんですよね。

そうでなかったら彼も歓迎してくれなかったことでしょう。

共通の話題がなくって寂しい、とか、私は寂しがりやで長距離恋愛には向かない、とか、そんな理由で「ちょっと無理かな」と思ったところに“金髪の日本人”さんが「僕とつきあっていてつらいなら別れようか」と身を引いてくれた。

そういう別れ方でしたから。

ドロドロの傷つけあいをして別れたわけじゃなかった。

その後もたまには電話で話してましたし・・・。

でも、「別れ」を口にしたのが彼からだったこともあり、「振られた」いう思いもあって、気まずいのは気まずかったのです・・・。



というわけで、朗らかで細かいことは気にしないKくんに強引にひっぱられる形で、富良野の彼のところにスキーに行きました。

出会ってからほぼ一年たった、初春の頃だったのではないでしょうか。



久々に訪れる彼の部屋はやっぱり素敵で、彼の手料理はやっぱり手際よく、
盛りつけも凝っていて、おいしい。


そして雪山での彼の姿はとっても格好良かったのです!(*^^*)


私の理想の男性の条件のうちの次の二つを十二分に満たす姿でした・・・

「大胆で実行力がある人」

「生命力の強い人。サバイバル能力のある人。
 自分の手で家を建てたり、自分で井戸を掘って水を確保できたりするような、
 山から獲物をぶら下げて帰ってきたりできるような、そんな人。」



スキー場なので当たり前ですが、雪が積もっていて寒いんですよ(^^;

で、彼も大阪出身で、つい数ヶ月前まで九州に住んでいた人のはずなんですよ。

北海道の冬なんて、初体験のはず。

スキー自体、初心者同様だと自分でも言っていて、決してそんなに上手ではない。



なのに、すごく堂々と生き生きと振る舞っている。

寒さや雪に全くたじろぐ様子がない。

アパートの前の雪かきとかをする姿が力強くて要領良くって、しかも全然めんどくさそうじゃない。
しんどそうじゃない。

私が慣れない重いスキー板を運ぶのに手間取っていると、片手でひょいひょい運んでくれる。

すごく親身に指導してくれて、教えてくれる。

それも全然偉そうじゃない。

「そういう俺も下手なんやけどな」と言ってハハハと屈託なく笑う。

こけるたび、「俺こんなとこでこけた~!」といちいち大笑い(^^)




またまた目がハートになりました・・・

正直に言って、惚れ直しました・・・(*^^*)



やっぱり私はこの人がいい!

ちょっとくらい趣味が合わなくても、感覚が違っても、ちょっとくらい寂しい思いをすることになっても、私はこの人じゃなきゃ嫌なんだ。

とにかく私はこの人がいいんだ。




でも、短い滞在期間はあっという間に過ぎ、帰る日が近づいてきました。


そんなとき、また“天然”くんのKくんが爆弾発言をしたのです・・・


(つづく)








.。.・:*: ☆ .:*:・:'





子どもの頃から思い描いていた理想の男性と出会った。

旅先で。

もうこれは運命の赤い糸だとしか思えない。

しかも、相手も私を好きだと言ってくれるようになった。

奇跡的に。





でも、出会うだけでは物語は進みませんでした。

このシリーズを書いていて気がついたこと。



「チャンスが巡ってきても、それをつかんでモノにするのは自分の行動力」

「出会った後、関係性を築いていくのは自分の努力」





人間関係はかくも難しい。

たとえ運命的な出会いだろうと、赤い糸の相手であろうと、容赦なく。

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# by tamahomishio | 2005-08-23 19:25