カテゴリ:自分の本質を輝かせる!( 33 )

波動療法ワークショップ体験記!

波動療法ワークショップが無事に終了しました。



直前になって参加が危ぶまれた友人も無事参加でき、

また、開催まで一週間を切ってからぱたぱたとお申し込みをいただき、

予想以上の盛況となりました(^^)

ありがたいことです。。。



「必要なものは全て与えられる」のですね。

やはり宇宙の働きを信頼して、お預けすればいいのですね・・・。

感謝感謝です。



波動療法、今回初めて講義を受けました。

波動の個人セッションは受けたことがありましたが、理論について学ぶのは初めてです。

すごい新鮮な体験でした~。



「自分自身の本質の根源」のお話、そして「意識の7つの層」についてのお話、興味深かったです!

うなりながら耳ダンボで聞き入ってしまいました。



で、分かったこと。


私が今までの試行錯誤で気がついてきたこと、学んだこと、人に伝えていきたいと願っていることと、

波動の先生方が伝えたいと思っていることは

ほぼ同じだ!

ということ。




今までも、同じ山の頂を目指している先輩だということは良く分かっていて、尊敬しながら後塵を拝する気分でいたのですが、


ここまで伝えたい内容が一致しているとは・・・驚きました。


同じ山の頂を目指すにあたって、選んだ登山道まで同じだったようです!

後を追わせてくださいませ~>先生方!



真理は外側にはない、自分の内側にある、っていうこと。

真理も神も、自分の外側に求めても、むなしいだけでなく危険だ、ということ。

自分自身と深いレベルでつながることによってしか、神も真理も体験できない、ということ。

決断すること、覚悟すること、腹を決めることの大切さ。

それらさえできれば、周囲は音を立てて変わり始める、ということ。

それらさえできれば、夢も目標も叶ってしまう、ということ。

「人はその個人的な世界の神だ」ということ。





   .。.・:*: ☆ .:*:・:'




2/17の日記『「ここではないどこか」への憧憬』で、

私の奥に潜み続けていた「寂しさ」、「厭世観」について書きました。

そして、この日記の末尾に、


>「波動療法一泊二日ワークショップ(3/18-19土・日)」には期待!


と書きました・・・



この期待は裏切られませんでした。

まさに、この一連の気づきの嵐の総まとめとも言えるような・・・



改めて、「生きよう」と思いました。

腰を据えて、腹を決めて、生きよう、と。



まだドヨドヨに落ち込んで、体の調子までよくなくってベッドで寝ている時、天使に問いかけました。

「なぜ生きるのですか?」と。

その途端、答えが与えられました。






問いかけをした直後に、


別室で静かに遊んでいた次男が、突然私の寝ている部屋に駆け込んできて、

ただ黙ってほおずりとチュウをし

また部屋から駆けだしていきました。



「これが答えだ」と思いました。

天使が問いかけに答えてくれた、と。



人と温かく関わっていくために。

愛しい存在と、肉体を通して触れあうために。

そのためにこの三次元の地球に生まれてきたのだ、と。



「波動療法ワークショップ」で、その気づきが血肉となりました。



「波動療法ワークショップ」で、人と関わろうとしている人の姿の美しさを見ました。

腹を決めて、人と真の触れあいをしようとしている人の姿に、激しく胸を打たれました。

私が「ライトワーカーの支援」をミッションに掲げているのは、「人と関わろうとしている人の姿が好きだから」だということに、改めて気づきました。



私は、人と温かく関わり合うために生まれてきました。

私は、人と真に触れあうために、肉をまとって三次元現実社会に生まれてきました。


私と、関わり合ってください。

私と、真に触れあってください。

どうか、あなたもまた、「生きる」と、「心を開いて人と触れあう」と、腹をくくってください。

傷つくことを恐れて、心を閉じないでください。

ぶつかることを遠慮しないでください。

ぶつかることを遠慮することが、婉曲な拒絶であると、気がついてください。

それがどれほど人を寂しがらせるか、気がついてください。


私は、あなたと真に触れあうために、生きています。

私はここにいて、あなたを待っています。



- ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・
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by tamahomishio | 2006-03-19 02:07 | 自分の本質を輝かせる!

たとえ赤い糸の相手と巡り会えても【夫との出会い その17完結編】

私は、21歳という若さで、思い描いていた通りの男性と巡り会いました。

それは、単純な幸せを意味しませんでした。


幼稚で未熟なまま「運命の人」と出会う。

私は早すぎる出会いに苦しみました・・・


すっかり休止状態になっていましたが、とうとう完結編です!



  変えられることを変える勇気と

  変えられないことを受け入れるつよさと

  その二つを見分ける智恵を、

  神よ、私にお与えください



こんな祈りがあるのをご存じですか?

私の考える「夫婦ラブラブの秘訣」は、まさにこの祈りの通りです。



変えられることを変える勇気。

タロット占い師への道 その7」で書いたように、

私は、夫婦はケンカを避けていてはいけないと思うのです。

決して、真正面からの対峙から、逃げてはいけない。


真実の話し合いを諦めないで模索し続けよう。

あなたが求めているものは何か、何がつらいか、何が苦しいか、ストレートに胸から胸へ直球で投げ込もう。

どうか、より良い関係へ変わる努力をあきらめないで。



人と人は、宇宙の虚空に浮かぶ惑星同士のように孤独。

たとえ夫婦だろうが、人と人の間には、深遠な淵が横たわっている。

だからこそ、伝えたい!届けたい!という強い想いと共に、声を振り絞って伝えていかないと、何一つ伝わらない。

そうしないと、何一つ分かり合えない。



もちろん、相手を傷つけたり貶めたりするケンカはNGです。

かえってお互いの間の溝を深め、関係を壊すだけ。

そうではなく、あきらめずに、真剣に、話し合い、議論を戦わせ、想いをぶつけること。

それなくして、どんな人間関係が持てるというのでしょうか。



激情のまま相手を傷つけるケンカではなく、自分の真実の想いのたけをぶつけるケンカをしよう。

そんなケンカをする勇気を持とう。

自分たちの関係をより良いものへ変えていく挑戦をあきらめてはいけない。

私は心の底から、そう思います。







そして、変えられないことを受け入れるつよさ。

さっき書いたことと一見矛盾するようですが、これはつまり、「あきらめること」「手放すこと」なんですよね。

相手は別の人格なのだ、とあきらめること。

決して理解しあえない部分はある。

それはそれで仕方ないんだ、とあきらめること。

相手は決して自分の期待通りになんか動いてくれない。

このことを受け入れること。

同じ方向を向いて、伴侶として歩いていけるならば、つかず離れずの距離でいいじゃん、と手放すこと。

相手の存在、相手の人格を、丸ごと受け入れて認めること。



相手の趣味、思考回路、性格等は変えられない。

相手の価値観も変えられない。

自分自身が、まずは自分と異なる価値観を受け入れられるよう、変わること。



何が変えられて何が変えられないのか、その二つを見分ける智恵。

これが一番大切なような気がします。

そのためにも、まずは「話し合い」まずは「議論」なのかな。

自分が何がイヤで何がつらくて何で困っていて、どうなりたいのか。

何を求めているのか。

相手にどう協力して欲しいのか。

それをぶっちゃけること。


まずは自己開示ですよね。


自分が先に勇気を出して自己開示すれば、パートナーも自己開示を始めることは多いものです。


むやみに非難されたり攻撃されたりはしない、と信頼関係ができれば、用心深いパートナーも心を開いて話し合いの席についてくれるかもしれません。



本音で話し合うことで、「何が変えられて、何が変えられないのか」が明確になっていくことでしょう。


話し合いもせず、努力もせずに諦めて投げ出うのは、成長を投げてしまうこと。





そして、「お互いが自分らしい人生を生きるためには、別れることも辞さない覚悟」。

そして、「まずは自分自身が幸せでいること」。


この二つも秘訣に加えたいと思います。

別れるしかない二人、というのもあります。

また、「別れ」を具体的にイメージして始めて価値が分かる、という場合があります。

「死」を見据えることが「生」を見据えることとイコールなように、「別れ」を直視することは「パートナーシップ」の価値を認識することに直結するものです。

子どもが上手くできないときにすぐに放り出して駄々をこねだすような、そんな安易で逃避的な「別れ」は不毛です。

でも、常に「別れも選択肢としてあり得る」という覚悟は大切だと思います。


「いつか必ず死ぬのだ」と実感しながら生きることが一瞬一瞬の価値を高めるように。


私の場合は、明確にそうでした。

何度も別れを繰り返していますが、その度に、「ああ、私にはこの人が必要なんだ。私はこの人を失いたくないんだ。」ということが腑に落ち、

抵抗無く「この人と上手くやっていくための努力」をすることができるようになっていきました。

多分、彼も同じような感じなのではないか、と思います。





それから、「まずは自分自身が幸せでいること」。

幸せな人だけが、周囲の人に幸せのお裾分けができるのですから。

私が自分のやりたいことを見つけ、どんどん満足感と充足感が満ちていくにつれて、夫婦仲は良くなっていきました。



「こんな人生を歩みたい」「こんな人でありたい」という大筋な価値観は一致しているけれども、

細かい点では食い違いだらけ、全然かみ合わない私たち二人。

そんな二人が紆余曲折を経てなんとかラブラブ夫婦にたどり着けた秘訣は以上の5つです。


・変えられることを変える勇気と努力を惜しまないこと。

・変えられないことはあきらめ、手放すこと。

・変えられることと変えられないことの二つを見極めるために、話し合いで心を開き本音を語り合う習慣を持つこと。

・「別離」も視野に入れ続けておくこと。

・まずは自分が幸せになること。


これらはあくまで私にとっての秘訣なので、誰にでも普遍的に効果のあるものとは言えないかもしれません。


でもここから、何か参考になったり、刺激となったりするものを各自汲み上げてもらえれば嬉しいと願ってます。


以上、長々と続けてきた「夫との出会い」シリーズですが、これで一旦区切りを付けたいと思います。


未来予知なのか、理想を明確にしていたら叶うという願望実現の法則なのか、それとも前世から約束していた赤い糸の相手だったからなのか、

とにかく私は子どもの頃に思い描いていたそのままの相手と、運命的に旅先で出会ってしまったのですが。


そんな運命的な出会いだろうが、赤い糸の相手だろうが、人と人がパートナーシップを築いていくのは困難なものなんだ、ということを書きたかったのです。

努力は惜しんではいけないけれども、どこかでは諦めなくてはいけない、っていうこととか。

その辺が伝わっていれば幸いです(^^)
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by tamahomishio | 2005-09-27 19:29 | 自分の本質を輝かせる!

たとえ赤い糸の相手と巡り会えても【夫との出会い その16】

「こんな人でないと結婚しない」と思い描いていたその通りの人と出会う。
しかも旅先で。

先方までが私を気に入ってくれた。

奇跡ですよね。

赤い糸の相手だったということだと思っています。

でも、その後の展開は全然スムーズじゃなかった・・・



すっかり休止状態になっていましたが、とりあえず、次回で完結させたいと思います(^^;



私は、21歳という若さで、思い描いていた通りの男性と巡り会いました。

それは、単純な幸せを意味しませんでした。


幼稚で未熟なまま「運命の人」と出会う。

私は早すぎる出会いに苦しみました。



何かを選ぶ、ということは、他の選択肢を捨て去るということです。

「決断」は、「絶つと決める」と書きます。



彼を選ぶということは、他の恋を諦める、ということでした。

彼と一緒の未来を選ぶということは、他の未来の可能性を諦める、ということでした。



彼との交際期間に、何度か別れていますが、そのうちの一回は「他に好きな人ができたから」でした・・・


私が幼い頃から思い描いていた通りの理想の人である今のダンナを振ってまで付き合いたかった人もまた、明らかにソウルメイトでした。


若いときに「赤い糸の相手」と出会うということは、再会を約束していたソウルメイトと出会っても、恋ができないということです(^^;


明らかに「恋の相手としての再会」を約束していたソウルメイトと、やっと巡り会えたとき、「結婚の相手としての出会い」を約束していたダンナともう出会ってつきあっていた・・・


私は板挟みになって、ひどく苦しみました・・・


出会いの順番が、逆ならば良かった・・・



本当に苦しかった時期、その彼との過去世を思い出しました。

チベットの僧院で共に修行していた親友でした。

再会を約束して転生して、そして出会えたのにね・・・。



彼とは「恋の相手としての再会」。

“金髪の日本人さん”(今のダンナですね^^)とは「結婚の相手としての出会い」。

時が経つにつれて、そのことが明確になったので、ダンナの元へ戻りました。

ダンナも心が広いと思います。

ひどく傷つけたはず。

それなのに、よくぞ受け入れてくれました。

よくぞ許してくれました。

でも、私だって苦しかった。

悶絶するほどの苦しみでした。

出会いの順番が、逆ならば良かった・・・


早すぎる出会いに苦しんだ、一例です。



“金髪の日本人さん”は理想通りの人でした。

夢に描いていた通りの、尊敬に値する行動力、知性、寛容さ、向上心、決断力、自立心・独立心の持ち主。

が、共通の趣味にも話題にも乏しい人。

そして、依存させてくれない人。

寂しいだの会いたいだのと言ってくれない人。

私がそういうこと言っても「?」という反応しか返してくれない人。

自分がとても自立できている人なので、私の甘えたい願望や依存心を理解できない。

「会いたいって・・・会って何するの? あ、セックス?」みたいな反応です(これマジ^^;)。




内側に泣きやまないインナーチャイルドを抱えたアダルトチルドレンの一人である私。

ひとりぼっちが怖くてならず、すぐに精神的に不安定になる私を、なんの悪気もなくポンと突き放す・・・

鬼コーチか!って感じでした。



彼とつきあい続け、彼と結婚するということは、「私を甘やかしてくれる男性との居心地の良い恋は、この人生ではもう二度とできない」ということを受け入れることでした。

「恋人には自分を理解してほしいし共感してほしい」という願いをきれいさっぱり諦めるということでした。


彼とつきあい続け、彼と結婚するということは、自分の未来の可能性の幅を極端に狭めることでした。

私は大好きな国、タイと関わって生きていきたいという夢も一旦諦めました。


大学卒業後のタイ留学を、半年で切り上げて帰国したのです。

タイではなく、彼と生きていく人生を、私自身が選びました。

でも、それは苦渋の選択でした。

その後何年も、ひどい喪失感と挫折感、そして後悔を引きずり続けました。

思う存分やりたいことをやった後に、出会えば良かった・・・

これもまた、早すぎる出会いに苦しんだ一例です。



「こんな人生を歩みたい」「こんな人でありたい」という大筋な価値観は一致しているけれども、

細かい点では食い違いだらけ、全然かみ合わない私たち二人。

そんな二人が紆余曲折を経てなんとかラブラブ夫婦にたどり着けた秘訣は・・・

(つづく)(次回は完結編!)
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by tamahomishio | 2005-09-26 19:28 | 自分の本質を輝かせる!

たとえ赤い糸の相手と巡り会えても【夫との出会い その15】

「こんな人でないと結婚しない」と思い描いていたその通りの人と出会う。
しかも旅先で。

先方までが私を気に入ってくれた。

奇跡ですよね。

赤い糸の相手だったということだと思っています。

でも、その後の展開は全然スムーズじゃなかった。


付き合いだしてわずか4ヶ月後に最初の別れは訪れました。


育った環境、今いる環境、などが違い過ぎ、すれ違いばかりでしたから・・・

共通の話題も全然なくって・・・



復縁のきっかけは、Kくんが作ってくれました。


旅先で出会い、北海道と東京の遠距離でつきあっていたので、共通の知人・友人が極端に少なかったのですが、Kくんはその数少ない共通の友人のうちのひとりでした。

その彼が、強引に

「“金髪の日本人”さんのところにスキーに行こうよ!」

と誘ってくれたのです。



スキー場でのたくましくて生命力あふれる“金髪の日本人さん”の姿に、私はまた惚れ直しました(*^^*)



ちょっとくらい趣味が合わなくても、感覚が違っても、ちょっとくらい寂しい思いをすることになっても、私はこの人じゃなきゃ嫌なんだ。

とにかく私はこの人がいいんだ。




でも、短い滞在期間はあっという間に過ぎ、帰る日が近づいてきました。


そんなとき、また“天然”くんのKくんが爆弾発言をしたのです。



「僕は用事があるから帰らないと仕方がないけど、たまちゃんはもう少しいればいいじゃん。

どうせ大学、冬休みなんでしょ?

だったらゆっくりすればいいじゃん。

僕は一人で帰るから、たまちゃんは残りなよ。」



私は驚いて「だって・・・迷惑だろうし・・・」とかなんとかモゴモゴつぶやきました。

“金髪の日本人さん”は「別に迷惑じゃないよ。残れば?」と答えてくれました・・・



次の日、Kくんはニコニコとさわやかに一人帰って行きました。



“金髪の日本人さん”が「残れば?」と言ってくれた時点で、そして私が一人残ることを決めた時点で、私たちは再び付き合い出すことを決意したわけです。

「だって、自分から“別れよう”って言って私を振ったくせに!」と後からすねてみせると、「僕とつきあってるせいで苦しいなら悪いと思ったから」と言ってくれました。


その当時も、今も、一貫して、彼は私をとても大切にしてくれます。

私は、その当時も、今も、一貫して、彼に惚れ込んでいます(*^^*)



でも、全然スムーズじゃなかった。


何回も何回も大喧嘩を繰り返し、傷つけあいました。

何回も何回も別れました。

結婚してからもそれは続きました。

何回も何回も「離婚」という言葉が飛び出しました。



私がこの連載を通して伝えたかったことは、


「運命の人と出会えばハッピーエンド」というわけではない!


ということです。





出会えればめでたしめでたしではありません。


「チャンスが巡ってきても、それをつかんでモノにするのは自分の行動力」

なのです。



そして、出会って結ばれるところでハッピーエンドが訪れるのは、おとぎ話の中だけです。


「その後、関係性を築いていくのは自分の努力」


なのです。



私は、21歳という若さで、思い描いていた通りの男性と巡り会いました。

それは、単純な幸せを意味しませんでした。


幼稚で未熟なまま「運命の人」と出会う。

それはなかなか過酷な経験でした。



「運命の人」と出会う時期の早い遅いにかかわらず、親密で継続的な関係を誰かと持てるようになるには、人生経験と人格の成熟が必要なのです。


自分磨きと人格の成長に、出会ってから取り組むのか、出会う前に取り組むのか。

その違いがあるだけなのです。


「他人といいパートナーシップを築けるようになっているかどうか資格試験」に、合格してから出会うのか、

出会ってから、合格するまで過酷な勉強に取り組むのか。


その違いだけ。

そんな感じです。



私は、「早すぎる巡り会い」に苦しみました。



(つづく)
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by tamahomishio | 2005-08-31 19:26 | 自分の本質を輝かせる!

たとえ赤い糸の相手と巡り会えても【夫との出会い その13】

「こんな人でないと結婚しない」と思い描いていたその通りの人と出会う。
しかも旅先で。

しかも、先方までが私を気に入ってくれた。

奇跡ですよね。

赤い糸の相手だったということだと思っています。

でも、その後の展開は全然スムーズじゃなかった。



育った環境が違う。

今いる環境が違う。

感覚が違う。

趣味が違う。

好みが違う。

共通の話題がない。

東京での一人暮らしがさびしくて、彼に電話をしても会話が続かない。

はるばるお金を貯めて北海道に訪ねていっても、泣きながらの大喧嘩・・・(;;)


とうとう、一度別れました。


春に出会い、夏につきあい始め、秋に別れ。

なんだか、自然のサイクルに合っている気がしますね(^^)



どろどろの愛憎劇のあげくの別れという感じではありませんでした。

彼が身を引いてくれた、って感じ。

私が寂しいとかつらいとか大騒ぎしていたので、「僕とつきあっていてつらいならば別れようか?」と穏やかに申し出てくれました。



私は「振られた!」と感じてまたドツボにはまるのですが・・・(^^;




しかし、またここで、運命の天使様が微笑みます・・・




東京と北海道と離れていて。

偶然ばったり会うとか、ない。

「最後に一度だけ」とか「ちょっとご飯食べるだけ」とか「忘れ物があったから」とか、そんな気軽な理由では再会できる距離ではない。

今まで一緒に過ごした時間もすごく短く、積み重ねた歴史とか共通の思い出とかが非常に少ない。

共通の知人・友人が極端に少ない。



普通に過ごしていたら復縁があり得ない状況でした。




しかし、またここで、運命の天使様が微笑んだのです・・・



(つづく)





.。.・:*: ☆ .:*:・:'





子どもの頃から思い描いていた理想の男性と出会った。

旅先で。

もうこれは運命の赤い糸だとしか思えない。

しかも、相手も私を好きだと言ってくれるようになった。

奇跡的に。





でも、出会うだけでは物語は進みませんでした。

このシリーズを書いていて気がついたこと。



「チャンスが巡ってきても、それをつかんでモノにするのは自分の行動力」

「出会った後、関係性を築いていくのは自分の努力」





人間関係はかくも難しい。

たとえ運命的な出会いだろうと、赤い糸の相手であろうと、容赦なく。

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by tamahomishio | 2005-08-20 19:23 | 自分の本質を輝かせる!

たとえ運命の出会いだとしても【夫との出会い その12】

「こんな人でないと結婚しない」と思い描いていたその通りの人と出会う。
しかも旅先で。

しかも、先方までが私を気に入ってくれた。

奇跡的ですよね。

運命的な出会いだと。

でも、その後の展開は全然スムーズじゃなかった。



まずは、当時、私にはつきあっているステディな彼氏がいました。



でも、私にとっては「この人は私が探している人じゃない」ということが既に明確になってしまっていて、私から別れ話を切り出しては、寂しさに負けてまた寄りを戻す、ということを繰り返しているような状態でした。

ので、当時の彼氏との別れはすぐに決意できました。

でも、つらかった。


他に好きな人ができたから、別れる。

これって、とっても自分勝手で相手を傷つける別れ方ですよね。



そんな自分が嫌だった。

すごく自己嫌悪になりました。


それから、“金髪の日本人さん”はどんなに素敵な人でも、近くには居てくれない。

気軽に会えない。

あまりに長距離で、電話代も気になる。


そして当時の私のつらさを倍増させたのは、 共通の話題がない でした。


私はホワイトカラーの家に育ち、教育熱心な親に猛勉を強いられて東京の大学に進学していました。

彼はブルーカラーの家に育ち、勉強しろなんて言われたことなく、実業高校卒業後は家業を手伝い、その後家出同様に家具工房に弟子入りした人でした。


まったく育った環境とか、今いる環境とかが違うのです。


私たちは旅先で出会って、その後まもなくつきあいだし、共通の友達も少なく、共通の環境に一緒に居たことがほとんどないままでした。


私は読書が好きで映画が好き(それもおゲイジュツおフランス系の)。

彼は読書はハウツーものオンリー。

映画はドンパチ系ハリウッドものオンリー。


趣味が違う・・・(;;)





元彼は、とても趣味の合う人でした。

育った環境も良く似ていて、今の環境も同じ(同じ大学、同じ学部で同じサークルの先輩でした)。

しかも近くにいてくれて、夜中でも「会いたい」と言えば飛んできてくれる人でした。


元彼とは別れたものの、新彼はその代わりはしてくれない。



私は精神的なバランスをひどく崩しました。

元彼をひどい振り方をした、ということで罪の意識もありましたし・・・

孤独にも耐えられるほど強くなかったですし・・・



アルバイトで稼いだお金を貯めて、はるばる彼に会いにいっても、感覚の違いや習慣の違いに唖然とすることばかり・・・

(価値観だけは幸い近かったのですが・・・)

大学生活で私の周りにいる、優柔不断なほどに優しくて口のうまい男の子たちとは全然違う。

(文学部でしたから、特にそういうタイプの人が多かったのかもしれません)


ぶっきらぼうで語彙が少なく、ぎょっとするような表現を平気で口にする彼・・・。



理解できませんでした。

私の繊細でもろい神経はジョリジョリと逆なでにされました。

せっかくはるばる会いに行っても、泣きながらモノを投げながら大喧嘩。



東京での一人暮らしがさびしくて、彼に電話をしても会話が続かない。


とうとう、一旦別れることになりました・・・


付き合いだしてわずか数ヵ月後の秋のことでした・・・


(つづく)





.。.・:*: ☆ .:*:・:'





子どもの頃から思い描いていた理想の男性に奇跡的に出会った。

旅先で。

劇的に。

もうこれは運命の赤い糸だとしか思えない。

しかも、相手も私を好きだと言ってくれるようになった。

奇跡的に。





なのになぜこんなに苦しくつらい?





ちっとも幸せではありませんでした。






男女のコミュニケーションはかくも難しい。

たとえ運命的な出会いだろうと、赤い糸の相手であろうと、容赦なく。

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by tamahomishio | 2005-08-17 19:21 | 自分の本質を輝かせる!

たとえ運命の出会いだとしても【夫との出会い その11】

【韓国一人旅中にまさに「理想の男性」とめぐり合ってしまった私ですが、なんと彼は北海道に住んでいる人でした。

そんな距離の壁に阻まれた私たちがつきあうことになったきっかけは、私の北海道訪問でした。】

お金のない学生の身ながら、友人(もちろん女性!)と二人、ヒッチハイクなどを利用しながら、富良野に住む彼のところまで夏休みを利用して訪れてみました。


そこで目の当たりにした彼のセンス、彼のライフスタイル、彼の人生哲学!!!


部屋にある家具がすべて、彼の手作りか、もしくは骨董品!

照明、カーテン、じゅうたん、食器、すべてに感じるこだわりと美意識!

料理上手!
さすが実家の家業の洋食屋さんをしばらく手伝っていた(つまり元プロの料理人ということですよね)だけのことはある・・・。



あまりの感動に、一旦あきらめがつきかけ、忘れかけていたトキメキがダッシュで戻って参りました!


彼のアパートには二泊だったか三泊だったかさせてもらったのですが、いっぱいいっぱいおしゃべりして、いっぱいいっぱい笑いました。

そう、彼のユーモアのセンスにもノックアウトされたかな(^^)


笑いの方向性が似ているんですね。

面白いと思うものが似ている。

冗談を言い合っていると時が立つのを忘れました(^^)

笑って笑って、お腹の皮がよじれました・・・




最後の夜、友人が寝てしまったあとも、私はいつまでも彼と話してました。

時が惜しかったんですね。

眠ってしまえば、朝が来るだけですから。

そして東京に向けて帰っちゃうだけですから。



・・・そして、その晩、とうとう成り行きで私は自分の気持ちを告げることになりました・・・

そして、彼もまた応じてくれました・・・





東京に帰ってすぐ、彼から届いた手紙には、「僕のパートナーになってください。結婚しましょう。」と書いてありました。


気持ちを確認しあった後、一通目の手紙ですよ?


驚いて「まさか熱しやすくて冷めやすいタイプなのでは?」と返事を書きました。

それに対し、

「僕は熱しやすく冷めにくいという、フライパンや鍋の素材に最適なタイプなんです」

という返事が(^^;



私はまだ21歳、まだ大学三年生でした。

「私が探していたのはこの人だ」という確信を持ちつつも、あまりに時期尚早で、お断りいたしました。



その後ずっと、「結婚しよう」攻撃は続きました。

「熱しやすく冷めにくいという、フライパンや鍋の素材に最適なタイプ」

という言葉は本当でした。



でも、当時、私にはつきあっているステディな彼氏がいたのです・・・


(つづく)




テーブル

これまた彼の作品例。
今の自宅にあるテーブルです。
こんなセンスの持ち主なんです。



  .。.・:*: ☆ .:*:・:'





「こんな人でないと結婚しない」と思い描いていたその通りの人と出会う。
しかも旅先で。

奇跡的な出会いだと思ってます。

運命的な出会いだと。

でも、その後の展開は全然スムーズじゃなかった。

男女のコミュニケーションはかくも難しい。

たとえ運命的な出会いだろうと、赤い糸の相手であろうと、容赦なく。

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by tamahomishio | 2005-08-15 19:18 | 自分の本質を輝かせる!

ヒッチハイクで一路北海道へ!【夫との出会い その10】

■【韓国一人旅中にまさに「理想の男性」とめぐり合ってしまった私ですが、なんと彼は北海道に住んでいる人でした。

私は当時東京にて学生生活中。


そして駄目押しのように、知り合った次の日に、台湾に向けて旅立って行った彼・・・。


そんな距離の壁に阻まれた私たちがつきあうことになったきっかけは、私の北海道訪問でした。】



そのちょうど前年に、やはり野宿&ヒッチハイクを多用した貧乏旅行で北海道を訪れているので、その二つの旅行の思い出が混じってしまい、詳細を思い出せません(^^;


一つだけよく覚えているのが、大型トラックをヒッチして津軽海峡までたどり着いたものの、青函連絡船に乗るお金がなく、トラックの助手席に隠れたまま青函連絡船に乗り込んだこと。

(当時、青函トンネル開通直後でしたが、トラックが青函トンネルを通れるわけもなく。

ということは、今でも青函連絡船はあるんでしょうか?

車両運搬の手段として。)



友人と二人、無事乗り込めたことに安堵して、船内でそーーーっと車から降り立ちました。

すると突然、「ちょっと!そこの二人!」と若い乗務員さんに呼び止められてしまったのです!



 無銭乗船が見つかった?!

 絶体絶命の危機!


  ・

  ・

  ・


ところが、その若い乗務員さんは

  「わかってる、お金がないんでしょう?

   それはいいから。

   でも、もしこの船になにかあったときのために、

   乗船簿に名前と住所を書かせて。

   お金のことは心配しなくてもいいから。」


と・・・。



世の中にこんなに親切でこんなにもののわかった大人っているんだ、と思いました(^^)

船に万が一ことがあったときに、名簿に名前がなかったら、救助から漏れるかもしれない。

無縁仏になってしまって、遺族に連絡が行かないかもしれない。

それを心配してくださった、心にくい配慮でした。



そんな冒険を乗越えながら(^^;“金髪の日本人さん”の住む富良野に到着。


数ヶ月ぶりに再会する彼は、ド金髪もだいぶ落ち着いて、「明るい茶髪」程度になってました。

相変わらずおかっぱ頭でしたが(^^;


彼の案内で、アパートへ。




古ぼけた、家賃の安そうなアパートの、建てつけの悪いドアを「ギィーッ」と開けると、


  そこは


  ・

  ・

  ・



別世界でした!



修行していた家具工房で自作したという見事な手作り家具が並んでいます。

照明やカーペットやカーテン、内装の全てが、統一感があります。

お金はかかってないものの、すごくこだわって選んだのが伝わってくるものばかり・・・。

でしかもめちゃくちゃ片付いてる!

余計なものが何一つ無い。


   感動・・・・。





夕食も、次の日の朝食も、彼の手作りです。


彼が骨董品屋さんなどで見つけてきたというこだわりの食器にキレイに盛り付けられて出てきます。



???大感動!!!!


一旦あきらめがつきかけ、忘れかけていたトキメキがダッシュで戻って参りました!



次の日・・・


(つづく)


アンティーク

夫の作品の一つです。

これは一から作った家具ではなく、アンティーク箪笥の再生ですが。

こんなセンスの持ち主なんです。

彼にかかると、安アパートが夢のような空間になっておりました・・・。






  .。.・:*: ☆ .:*:・:'





「こんな人でないと結婚しない」と思い描いていたその通りの人と出会う。
しかも旅先で。

奇跡的な出会いだと思ってます。

運命的な出会いだと。

でも、その後の展開は全然スムーズじゃなかった。

男女のコミュニケーションはかくも難しい。

たとえ運命的な出会いだろうと、赤い糸の相手であろうと、容赦なく。

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by tamahomishio | 2005-08-14 19:17 | 自分の本質を輝かせる!

出会った次の日から距離の壁が二人を阻む^^;【夫との出会い その9】

韓国一人旅中にまさに「理想の男性」とめぐり合ってしまった私ですが、なんと彼は北海道に住んでいる人でした。

私は当時東京にて学生生活中。


そして駄目押しのように、知り合った次の日に、台湾に向けて旅立って行った彼・・・。






そんな距離の壁に阻まれた私たちがつきあうことになったきっかけは、私の北海道訪問でした。








私は『金髪の日本人さん』と出会って別れた10日後くらいに日本に帰国しました。

2月末か、3月初めの頃でした。



帰国してすぐ、絵葉書を彼に送りました。

速攻で返事が来ました。

約束どおり、板門店で写した写真を何枚もプリントして送ってくれてました。

「やっぱり親切!」またまた目がハートになる私でした(^^)




それから、私はときどき手紙を書きました。

彼は必ず、すぐに返事をくれました。内容は男の人らしいぶっきらぼうな調子でしたが・・・。

やっぱり親切(^^)

でもちょっと素っ気ないかも(苦笑)



(あの頃もうメールなんてものがあったらどうだったんでしょうねー。。。

あ、携帯もPCも、メール機能を一切使いこなせてないうちのダンナ様だから、もしメールがあっても使えてないかも!^^;)




でもいくらなんでも、旅先で一日一緒に行動しただけ、しかも相手からは全然プッシュしてくれる気配はない、そんな状況の男性とまさかお付き合いできるとはとても思えませんよね。

それに連載初回に書いたとおり、倦怠期とはいえちゃんとステディな彼氏がいた私。


帰国直後はポーーーッとしてたものの、日常に紛れてすっかりあきらめがついてしまいました。




さて、時は流れ、夏が近づいてきました。

「さて今年の夏はどこに旅行に行こうか?」

「そうだ、友達誘って北海道に行こう! “金髪の日本人さん”という知り合いもできたことだし、どこか案内してもらえたりするかも!」


そんな短絡的な思考回路で、私は北海道旅行を計画。

もちろん、『金髪の日本人さん』との再会にはおおいに期待していました。

でも、自分に自信もないし、彼の方は特に私のことをなんとも思ってないみたいだし、私には一応BFがいるし、「あの人とどうにかなりたい!」なんて野望は抱いていませんでした(^^;


ただ北海道旅行を楽しんで、彼とも再会を楽しんで、これからも末永いお友達でいれる基盤を作ろう。

そんな気分でした。



「世界旅行研究会」なんてサークルに入っていたおかげで、旅好きな友達には事欠かず、すぐに北海道旅行の相手は決まりました。

(一人旅大好きな私ですが、さすがに一人暮らしの男性のところにいきなり一人旅で訪れるわけにはいかない、という良識が働きまして・・・^^;)



『金髪の日本人さん』に「この夏、友達と北海道に旅行に行こうと思うんですが、遊びに行ってもいいですか」と手紙に書くと、「ぜひぜひ来て下さい、一緒に酒でも飲みましょう」という返事が来ました。


「行くぞ!」と気合の入った私。

でもいかんせん学生の身、旅費が足りません。

友人(もちろん女の子です)と二人で決めた作戦。

それは






ヒッチハイク!



(つづく)
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by tamahomishio | 2005-08-11 19:15 | 自分の本質を輝かせる!

理想の男性と旅先で出会ってしまった!【夫との出会い その8】

韓国一人旅中に、理想の男性とめぐり合ってしまった!

でも、その次の朝、彼は韓国を発っていってしまうことがわかってる・・・。

でもそれまでになんとか縁をつながなくては。

つきあうのは無理でも、知り合いとして、友達として、手紙をやりとりしたり、なんらかの形でつながりたい!



そのためには、住所交換をするしかない!


当時、まだ携帯電話もないし、パソコンでのメールもまだなかったんですね。

やっと留守番電話が普及し始めた頃でした(歳がばれますね)。


なんとか、つながりを保ちたいならば、住所を教えてもらって、手紙を書くしかない。

でも、なんて言って住所を聞こう?

女性から男性にこういうこと聞くのって、とっても勇気が要りますよね。


でも、いい口実がひとつありました。

午前中の板門店ツアーで、彼が何枚か私の写真を撮ってくれていたのです。

「写真、私の住所を教えたら送ってもらえる?」

と話しかけました。


そして自然な感じで住所交換完了!!

やったーーー。




次の朝早く、私がまだ寝ているうちに、彼は次の目的地、台湾に向けて旅立って行きました・・・。





私の中で、“謎の金髪の日本人”さんは、伝説となりました・・・。

その後、旅先で出会って親しくなる人ごとに、「こんな人と出会っちゃった」と熱く語り続けました(笑)。

「まさに理想の男性像にぴったりなのよ!」と(笑)

相手にとってはいい迷惑だったことでしょう(^^;



でも、それを聞かされた誰が、その後私がその「理想の男性」と結婚することになると思ったでしょうか。

付き合えるとさえ、私自身も思ってもいませんでした。



当時北海道に住んでいた彼と、東京で学生生活中の私が、その距離の壁を超えてつきあうことになったきっかけは・・・


(つづく)
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by tamahomishio | 2005-08-09 19:10 | 自分の本質を輝かせる!