カテゴリ:自分の本質を輝かせる!( 33 )

理想の男性とは出会ったものの・・・【夫との出会い その7】

子どもの頃から思い描いていた通りの、まさに理想の男性と出会ってしまった・・・。

本来全く接点のない私と彼との人生が、ソウルという異国の地で、その安宿で、たった三日間だけ、重なりました。

その最終日、彼こそがまさに私がずっと探していた人だ、という確信をもちました。


でも、明日から彼は台湾。

一緒に居られるのは今日だけ。

しかも日本に帰国してからも、私は東京、彼は北海道。



無理だと思いました(^^;

いくら私が盛り上がろうと、無理なもんは無理だ、と。

出会ったものの、「こんな人もいるんだー」という感慨だけを私に残して、私の人生からは去って行ってしまうんだろうな、と。



半日コースの板門店ツアーが終わろうとする頃、「この後どうするの?」と彼に尋ねました。

「骨董品街に行ってみようかと思って」という返事に、私は思い切って「一緒に行こうかな」と言ってみました。

恐る恐る・・・。

ちょっとでも迷惑そうだったら即効撤回するつもりでした(^^;

ほんと、当時は対人恐怖症が一番きつかった頃でしたから。



それを考えると、出会ったのが旅先だったのはものすごい幸運でした。

旅先で出会う人に対しては自分を表現できたので。

私の場合、「これからも付き合わなければいけない人間関係」が一番苦手でした。

過去生の記憶のせいかなにかわかりませんが(^^;、

とにかく「これからも**ヶ月間付き合いがある」と思ったとたん、身体がこわばり、心臓がバクバク、冷や汗たらり、声が出ない、笑顔なんて作れない、という状態になってしまってました、当時。

でも、それが旅先だと、とても開放感を感じることができました。

本当の自分を出しても大丈夫、と思えました。

旅先では、初対面だろうがなんだろうがニコニコしながら心を開いて対話ができました。

今の私に近い感じですね。

土地の人とも、言葉が通じなくても楽しく交流ができました。

片言の韓国語を話すととても喜んでくれるのが嬉しくて・・・。



後から彼に聞くと、私がとても社交的で人見知りしない明るい子に見えたそうです。

一人旅のはずなのに、たくさん友達を作っててすごいな、って見えていたとか。


いやあ、ほんと、旅先で出会っていてよかったです。



旅先だからこそ、恐る恐るでも、私から「一緒に行こうかな」なんて言えたんでしょうね。

彼は喜んで快諾してくれ、午後も一緒にソウルの骨董品街をブラブラすることになりました。

(後から聞くと、私のことなーーんとも思ってなかったそうですが^^;。とりあえず若い女の子だったので、ちょっとときめいたそうですが、それだけだったそうです・・・悔しい!)


そこでまた私は彼に惚れ直します(*^^*)

だって、骨董品屋さんに並んでいるタンスや小卓を見て、「これはケヤキや」とか、「これはムクの一枚板や」とか、ひとめでわかるんですよ!?

「これは合板や」とか。

で、その見分け方とか、価値とかを教えてくれます。

そういう職人の世界に憧れていたけれども、今まで身近にそういう人が居なかった私は、またまた目がハートに・・・。


すごい人と知り合ってしまった、と・・・。

こんな人を探していたんだ、と・・・。



明日の朝この人は韓国を発っていってしまう。

でもそれまでになんとか縁をつながなくては。

つきあうのは無理でも、知り合いとして、友達として、手紙をやりとりしたり、なんらかの形でつながりたい!


そのためには・・・


(つづく)
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by tamahomishio | 2005-08-08 19:09 | 自分の本質を輝かせる!

夫との出会いを詳しく連載しちゃいます(*^^*)その6

本来全く接点のない私と彼との人生が、ソウルという異国の地で、その安宿で、たった三日間だけ、重なりました。


しかし、運命がかかったその最終日、板門店ツアーの当日、私はなんと寝坊をしてしまったのです(^^;


ツアーの集合時間に間に合うように約束していた時間をいくらか過ぎて、私は身支度もほどほどに部屋を飛び出しました。

待ちかねていたらしい「金髪の日本人」さん。

私を見るなり「行くぞ!」。

集合場所まで一目散にスタスタ。



その途中、急いでいるはずなのに、突然雑貨屋さんに立ち寄る彼。

どうしたのかなと見ていると、黙って菓子パンを一袋買いました。

お腹空いてるのね、この人も朝ごはん食べてないのかな、と思っていると、お店から出てきた彼は黙ってそのパンを袋ごと私に差し出しました。

そしてまた無言でダッシュ。




そうです、朝ごはんを食べる時間のなかった私のためだけに、菓子パンを買ってくれたのです(;;)



ほとんど、見ず知らずの他人に近い状態の私のために・・・。


「食べる?」とか聞かないで、黙って買って黙って手渡す無口さが男らしい・・・


と、その時最初に「じーーーーん」ときました(^^;



  (その後、同じ行動が

  「なんで私の気持ちを聞かないの?」

  「なんで、勝手に憶測で判断するの?」と

  何度も何度もケンカの原因となるとは

  そのときは知るよしもなかったのでした。。。爆;)



そしてまた、「時間は守らなければならない」と思っているらしい態度に好感を持ちました。

外見や旅のスタイルは、充分すぎるほどアナーキーで自由人なわけですよ、彼は。

その彼が、「約束の時間は守らなければ」という価値観を大切にしているらしい。



バランス感覚を感じました。

メリハリを。

社会常識に縛られるのでもなく、無責任や非常識やだらしなさに走るのではない。

自分の行動を自分なりの美学で選択しているんだろうな、と思いました。



人には迷惑をかけない。

信頼関係は守る。


  でも、人に迷惑をかけず自分の良心に恥じないならば、

  “人からどう思われるか”とか

  “普通みんなどうしてるか”、などには

  縛られるつもりは毛頭ない。



その哲学を感じ、またじーーーーーんとしました。





それから、遅刻した私に気分を害している様子が見えないところも。

それどころか、パンを買ってくれたり、さりげなく気遣ってくれるわけです。

「優しい・・・」



またまた、じーーーーーん。




朝から私の中の彼の点数が急上昇。


そんな好印象で、半日コースの板門店ツアーに出発しました。

ツアー会社の観光バスで、一路板門店に向かいます。

ツアー参加者は20人とか30人規模だったのではないでしょうか。

その中、同じ宿から一緒に参加した「金髪の日本人さん」と自然とペアで行動しました。

まあ、いわばいきなりデートをしたのに近い状況ですよね。

バスの中など、ゆっくりと二人で会話する時間がたっぷりありました。


  そして、

  彼が5年間の手作り家具工房での修行を終えたばかりであること、

  次は建築の勉強をするために北海道の職業訓練校に行くことが決まっていること、

  将来は北海道で家具工房を開きたいこと、

  その自宅兼工房を自分の手で建てたいこと、などを聞くことができました・・・



「理想の男性と出会ってしまった!!!」

もう口あんぐり状態です(爆)

完全に目はハートです(自爆!)




私には、物心ついた頃から、「こんな人でなければ絶対に結婚しない」という明確なイメージがあったことを書きました。


 ・男女差別主義者ではない人。

 ・頭がよくて博識でリベラルで、柔軟な発想のできる人。

 ・大胆で実行力のある人。

 ・自分の手で家を建てたりできる「大草原の小さな家のお父さん」のような人。

 ・職業は“ものを作る職人”希望。




そして、結婚後の生活スタイルにも、明確なイメージがありました。


・北海道で広い土地を買って暮らす

・家はダンナ様手作り

・馬も飼う

・ダンナ様は在宅で職人業に従事。子どもに働いている姿を日々見せる。

・家事育児はもちろん平等に分担。




これらの条件を、完全に満たす人と、出会っちゃったよーーーー!!!!


話してて伝わってくるリベラルさ。

「男だから女だからと決め付けるのは好きではない」とサラリと言ってのけてくれます。

  「僕は家が洋食屋で、家業を手伝っていたので料理くらい幾らでも作れる。

  食事なんて、作れる方が作ればいいんや。

  僕は奥さんが望むんやったら専業主夫でも全然かまへん。」



話せば話すほど、私が思い描いていたものとぴったり一致するのです。

北海道に、できれば広い土地を買って、馬や山羊やニワトリなどを飼いたい、とか。




話は弾み、とても楽しく、あっというまに半日間の板門店ツアーは終わり、ソウルに帰ってきました。

ツアーは解散です。




「この後どうするの?」と尋ねると、彼は「骨董品街に行ってみたい」と言います。

私は思い切って・・・



(つづく)
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by tamahomishio | 2005-08-06 19:07 | 自分の本質を輝かせる!

夫との出会いを詳しく連載しちゃいます(*^^*)その5

本来全く接点のない私と彼との人生が、ソウルという異国の地で、その安宿で、たった三日間だけ、重なりました。


一日目。

目が合ったので会釈しただけ。
中庭のテーブルで同席したが、お互いが言葉を交わす機会はなし。

口数が少なくて控えめな、ニコニコした人だなあ、というのが印象でした。

自分の「貧乏旅行自慢」を口角泡を飛ばして話す「俺が俺が」タイプの強烈な旅行者が多い中、「俺が俺が」と自己主張しなくても存在感があるところに好感を持ちました・・・。

無口にニコニコしているだけで、すごい存在感でしたから・・・(^^;



二日目。

一人でソウルの街をうろうろしていると、突然「どこ行くの」と日本語で声を掛けられてびっくり!
“謎の金髪の日本人”さんでした。

はじめてのちゃんとした会話でした。

「私のこと覚えててくれたんだ」と意外に思いました(^^)
ろくに言葉も交わしてませんでしたから・・・。

私はただ自分の行き先を言い、彼は「あさってから台湾へ行くので航空券を取りに来たんだ」と言いました。

その時はそれだけ・・・。
たった30秒ほどの会話のあと、「じゃ!」と別れました。


その夜、また中庭でたむろってました。

私はその滞在中にすっかり仲良くなった数人の仲間とおしゃべり。

明日どうするの、という話になりました。

「私は板門店ツアー。」

私が言うと、近くで他の人と話していた“謎の金髪の日本人”さんが「あ、俺も明日は板門店。」



北朝鮮との国境、板門店には、一般人は自由に入れません。

観光客のために「板門店ツアー」というものがあり、行って見たい人はそれに参加することになります。

その安宿にたむろしている旅行者が次々に板門店ツアーに参加しては、ものものしい警備の緊張感あふれる国境地帯の雰囲気を語るのを聞いていると、自由旅行好きでパックツアーをどこか馬鹿にしていた私も、板門店ツアーにだけは行きたくなってしまったのです。


板門店ツアーは毎日行われています。のんきな自由旅行の身、参加はいつでもよかった。

たまたま、申し込んだ日が、、“謎の金髪の日本人”さんと同じでした。

そして、その安宿たむろ仲間からは、その日参加するのが私と彼だけでした。

自然に、「じゃあ一緒に行きましょう」という話になりました。



これが、運命の分かれ道ですよね。

「板門店ツアー」の次の日、彼は台湾へと発って行ってしまいますから。

「板門店ツアー」に参加する日が、お互い一日でもずれていたら、今私はここでこんな生活はしていないでしょう(^^)

また、その安宿たむろ仲間の中で、同じ日に参加する人が他にもいたら、私は既に仲良くなっていたそっちの人とばかり話していたかもしれません・・・。

本当に、運命は不思議です・・・。



ちなみに、そのときはまだ、彼のことをなんとも思っていませんでした。

私は自分のことを「変な人クレクター」と自称しているのですが(笑)、風変わりな人や変人奇人と呼ばれるような人には好奇心がうずき、もっと知りたくなってしまうところがあります。

彼に対してもその辺の好奇心はうずいてました。

でも、異性に対する「ちょっといいな」というようなものは、そのときは全然ありませんでした。


だって、ド金髪をおかっぱにしてるんですよ!

180cmの長身に、モコモコのダウンジャケットを着ているせいで、すごくガタイよく見えるんです(本当はガリガリ君でしたが^^;)!

そんな男性が、おかっぱ頭・・・

面長で、アゴと首のがっしりした、青池保子が描く「エロイカより愛をこめて」の登場人物のような輪郭をしているんですよ(輪郭だけね)。

そんな男性が、おかっぱ頭・・・。

申しわけないですが、「かっこいい」という言葉からは・・・かなり縁遠かったです(苦笑)。


感じのいい人だとは思っていましたが。



そして一晩明けて、運命が大きく動く板門店ツアーの日がやってまいりました。

しかし、私はなんと寝坊をしてしまったのです・・・


(つづく)
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by tamahomishio | 2005-08-04 19:06 | 自分の本質を輝かせる!

夫との出会いを詳しく連載しちゃいます(*^^*)その4

当時泊まっていたソウルの有名な安宿。
確か名前は大宇旅館だったような気が・・・。

ドミトリーがいくつかあって、そのうちのひとつが女の子部屋。

ほんの、三畳くらいの狭い部屋に、二組の布団。

布団のサイズが、ひとつはシングルなんだけど、ひとつはダブルサイズ。

で、定員が三名。






・・・つまり、ダブルの布団で二人で寝ろ、という意味です(^^;


たとえ、自分の連れでなくても。



つまり、ある朝目が覚めてみたら、同じ布団で、見ず知らずのおばさんが寝ている、ということです(爆)



実際、二日目の朝、目が覚めてみたら、私の隣で、同じ布団にくるまって、白人の年配の女性がすやすや眠ってました(笑)

なかなか新鮮な経験でした・・・




で、その女の子部屋の戸を開けてすぐが、中庭。

大きなテーブルが置いてあり、それを囲んで椅子がたくさん。

ワンコインを箱に入れれば、セルフサービスでインスタントコーヒーやティーバックの紅茶などを自由に飲めるようになっています。


いつも、貧乏旅行者がたくさんたむろして(なぜか日本人が中心でした)、自分の旅の貧乏自慢や危険自慢、不潔自慢などをしていました(爆)。



その旅館があまりに居心地よくって、ついつい10日間ほども滞在してしまった私ですが(たとえ布団が共用でも!)、その中庭で聞いた「謎の金髪の日本人」の武勇伝の数々。

次々に来ては去っていく旅人の多くが、「彼」について語るのです。


不思議な髪の色、不思議な髪型、不思議な風貌。
全てにおいて日本人離れしている、とか。

旅館に部屋を取っておきながら、数日間帰ってこない、とか。

観光地に数日間滞在していながら、全然観光地めぐりをしていない、一体なにをしているのか、とか。



なんせ風貌が目立つので、

「もう謎の金髪の日本人と遭遇した?」

「え?金髪の日本人?・・・ああ、見た見た!あの背の高い人でしょう?」


とか、

「まだ見てないけど、噂を聞いてる~。不思議な人なんだって?」

とか、とにかくいいネタになっていました(^^)



私も「ええーーー、そんな人がいるのーーー?!一度お会いしてみたい!」と好奇心の塊になっていました♪



そして、その運命の日に、女の子部屋の戸を開けた向こうに座っていた金髪の青年は、噂どおりの神秘的なアルカイックスマイルを浮かべていたのでした。

180cmの長身に、モコモコのダウンジャケットを着ているせいで、妙に体格よく見えました。

ダウンジャケットと長身と金髪の取り合わせのせいで、妙にアメリカ人チックに見え、ほんと日本人離れした不思議な風貌でした・・・




彼は、当時、九州の家具工房を辞めたところでした。
次は北海道の職業訓練校に建築の勉強をするために行くことが決まっていました。


北海道への引越しの前に、工芸品などに触れるために、韓国・台湾の旅をしていたそうです。

ソウルのその安宿には、三日間だけの滞在でした。


私は当時、東京で学生生活。


本来全く接点のない私と彼との人生が、ソウルという異国の地で、その安宿で、たった三日間だけ、重なりました・・・

(つづく)
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by tamahomishio | 2005-08-02 19:05 | 自分の本質を輝かせる!

夫との出会いを詳しく連載しちゃいます(*^^*)その3

両親が不仲な家庭で育った私には結婚願望がなく、そのおかげで、「こんな人なら結婚してもいいんだけど」という異様に厳しい条件を持つようになったことを前回書きました(^^)

そして、結婚後の生活スタイルにまで、厳しい注文は及ぶのでした。



その注文とは

・北海道で広い土地を買って暮らす

・家はダンナ様手作り

・馬も飼う

・ダンナ様は在宅で職人業に従事。子どもに働いている姿を日々見せる。

・家事育児はもちろん平等に分担。



親にこの私のビジョンを話すと、「アホ!職人いうのは昔かたぎなもんや。家事育児をやってくれるような人がおるかいな!」と一笑にふされました(^^;

それならそれで、結婚なんてしないまでよ、と思っていた私でした。


高校生くらいのとき、さすがに異性が気になり、恋に憧れるようになりました・・・そして、その時始めて、「もしかして、結婚って、“好きな人”とずっと一緒に居れるってことなの?!」と気づきました(遅いって^^;)。


それまで「人生の墓場」にしか見えなかった結婚が、はじめて夢のあるものに見えた瞬間でした・・・。


その頃、自分がひどい淋しがりやであることにも気づき、「籍を入れるにしても入れないにしても、誰かと一緒に暮らしたいな」と思い始めました・・・。


大学入学直後のGWに、初めてのBFができました。

とっても優しい人で、この人のおかげで親元を離れての下宿生活にスムーズに慣れることができました。

でも、どこか物足りなかった。

「私の探しているのはこの人ではない」

交際二年目くらいから、私から別れ話を持ち出しては、結局寂しさに耐えられずまたよりを戻す、ということを繰り返すようになりました。


そんな中、“その1”に書いた“韓国バックパック貧乏一人旅”に旅立ったのです。


2月の韓国はとても寒く、空もいつも灰色で、時々雪が舞いました。

底抜けに明るかったタイやネパールの旅行と違い、一人旅の気分も滅入りがちでした・・・。


自然と、「地球の歩き方」を目印に、同じような貧乏旅行の日本人と馬鹿話に興じるのが重要な楽しみになりました。


その度に聞く色んな人から聞く、「もう謎の金髪の日本人には遭った?」という話題。



日本人離れした金髪らしい。

言動もすごく“謎”らしい。

今、韓国のあちこちに出没しているらしい・・・。





そんなある日、ソウルの有名な安宿で、私が泊まっていた「女子部屋」の戸を開けると、中庭に、ド金髪をおかっぱにした、背の高い男性がアルカイックスマイルを浮かべて座っていました。

目があったので会釈をすると、返してくれました・・・


「これが噂の“謎の金髪の日本人”さん?!

 とうとう遭っちゃった!」



そのときの私には、まさかその後、その謎の日本人と結婚することになろうとは、夢にも・・・・


(つづく)
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by tamahomishio | 2005-08-01 19:03 | 自分の本質を輝かせる!

夫との出会いを詳しく連載しちゃいます(*^^*)その2

<未来予知なのか、理想を明確にしていたら叶うという願望実現の法則なのか、それとも前世から約束していた赤い糸の相手だったからなのか、

とにかく私は子どもの頃に思い描いていたそのままの相手と、運命的に旅先で出会ってしまったのです・・・。

その実話を連載してます!>



私には、物心ついた頃から、「こんな人でなければ絶対に結婚しない」という明確なイメージがありました。

どんなイメージかというと、


 ・男女差別主義者ではない人。
  家事育児すべてを平等に分担してくれる人。

 ・頭がよくて博識でリベラルで、柔軟な発想のできる人。
  対話能力のある人。
  知的な面で、尊敬させてくれる人。

 ・大胆で実行力のある人。
  たとえばある日私が「あーあ、旅に行きたいな」と言ったとしたら、次の日荷造りして航空券用意して「ほら、行くぞ」と言うような、そんな人。

 ・生命力の強い人。サバイバル能力のある人。
  自分の手で家を建てたり、自分で井戸を掘って水を確保できたりするような、山から獲物をぶら下げて帰ってきたりできるような、そんな人。
  「大草原の小さな家のお父さん」のような、そんな人。

 ・職業は“ものを作る職人”希望。




私、両親が不仲な家庭で育ったので、結婚願望がなかったんです。

幼いときから母が、ため息をつきながら「結婚さえしていなければ」「独身のままでさえいれば」「子どもさえいなければ」と嘆くのを聞いて大きくなっていたので。

それに、TVや大人同士の会話で「結婚は人生の墓場」とか、面白おかしくちゃかして言ってますよね。

ああいうのを頭から信じてました。



結婚は人生の墓場だ、と。

結婚は不幸の始まりだ、と。

結婚なんかしたら、人生は終わってしまう、と。




幼稚園の頃から「私は結婚しない」と断言していたのを自分でもよく覚えていますし、親戚の叔父さんおばさんや幼馴染のお母さんなどと会う機会があると今でもよく言われます。

「たまちゃんがまさか結婚するとは思ってもみなかった^^;」

「あんたはずっと独身を通すんやと思ってた」

と・・・(^^;



小学校3、4年の時、なんの授業だったか、「結婚、と言う言葉から連想する言葉を言いなさい」と、順番に全員が指されたことがあります。


「幸せ」とか「ウェディングドレス」とか「家庭」とかそんな言葉が続く中、私ひとりが「離婚」と答えました(爆)



そんな私でしたから、「こんな人ならば結婚してやってもいい」(←偉そう^^;)という条件はことのほか厳しかったのです。



妥協なんかする気はさらさらない。

妥協するぐらいならば、結婚自体をしない。

妥協してまで結婚する価値なんて、いったいどこにあるのか?




そして、結婚後の生活スタイルにまで、厳しい注文は及ぶのでした。

その注文とは・・・


(つづく)
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by tamahomishio | 2005-07-31 19:02 | 自分の本質を輝かせる!

夫との出会いを詳しく連載しちゃいます(*^^*)その1

いずれ書きたいなーと思っていた夫との出会いの話を、詳しく連載しちゃいますね!(照*^^*)

実話です(^^)

一切脚色なしです。



あれは私がまだ21歳の2月、大学の3年生になる春休み、韓国旅行中のことでした。

その旅で、私は、子どもの頃から思い描いていた通りの、まさに理想の男性と出会ってしまったのです・・・。

本来全く接点のない私と彼との人生が、ソウルという異国の地で、その安宿で、たった三日間だけ、重なったのですが・・・。


そんなご縁で結婚することもあるんですもんねーーー

人生って、わかりません・・・



えっと、海外への憧れが強く、「世界旅行研究会」というサークルに所属していた私は、1年生の時の香港・中国旅行、2年生の時のタイ・インド・ネパール旅行に次いで、その春休みに訪れる三回めの海外自由バックパック貧乏旅行の行き先として、韓国を選んだのです。

その頃、盧泰愚大統領への反発で治安が乱れ、デモ騒ぎが頻発したんですね、韓国は。

それを聞くと、冒険心がうずいてしまって(苦笑)

迷わず韓国を旅先に選びました。



そんな私ですので、治安の悪い地域をわざわざ訪ねた若者がテレビでバッシング受けているのを見ると、わがことのように感じてしまいます(^^;

若者は危険な経験がしたいものなんだ、と私は思います。

今、通過儀礼というイニシエーションを失ってしまった若者が、「死と再生」を疑似体験するためにバイクを飛ばしたり危険な海外にわざわざ行ったりするのはとても健全なことなんじゃないか、と思うのです・・・

それは時として、すさまじい迷惑を家族に、そして日本国に与えてしまう危険な行為ではあるのですが・・・。


色んな無茶をしてきた私が、特にこれといってひどいめにも遭わずここにこうしていられるのは、何か目に見えないものに守られてきたとしか思えないなあ、と改めて・・・

そして、21歳になったばかりの若さで、運命の人、赤い糸の相手とめぐり合えたというのもまた、大いなるもの(サムシンググレイト)の導き、見守りを感じずにはいられません・・・


私には、物心ついた頃から、「こんな人でなければ絶対に結婚しない」という明確なイメージがありました。

どんなイメージかというと・・・

(つづく)
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by tamahomishio | 2005-07-29 19:04 | 自分の本質を輝かせる!

波動療法体験記!

それでは、波動療法体験記。



えっと、実は私、全然期待してなかったんです。

赤井川でのイベントに、チャネラーのロイをハワイから招くだけでなく、東京から波動療法の先生を招くと聞いても、まったくピンと来ませんでした。


自発的には決して受けなかったと思います。


私、疲れやすいし自律神経失調症とかの持病もあるんですが、そんなに悩んだり困ったりしてないんです。


ごまかしごまかしでなんとか毎日の生活が送れるので、これでいい、と思っていて。

全然問題意識を持ってなくて。



それが、イベントの現地スタッフとして運転手代わりに狩りだされることになり、そのお礼として波動療法を受けられるようにしておく、とNaokoさんに言われ、「そういうことならば受けてもいい」くらいな気分でした。



そして、私の予約として知らされた時間に、恐る恐る、波動療法の小窪先生と荒島先生の待つ部屋のドアを開けました・・・。



そして、大感動いたしました。


直後から、私は信奉者になりました。


私は波動療法の素晴らしさを世の中に伝える伝道師となりました(笑)




期待してなかった分、感動が大きいです!



これを体験してしまうと、今まで私が受けてきたの指圧とかマッサージってなんだったんだろう、と思います。


比べると、私が今まで受けたことのある指圧やマッサージの人って、「決められた時間、決められた手順でしかるべき場所を刺激してればいいんでしょう」というようなスタンスだったような気がしてきます。


ぼんやりと「今日の晩御飯何食べよう」とか、そんな感じで別なことに思いをめぐらせながら、ただ時間をやり過ごしていただけのような気が。




なんていうか、やはりセラピストは人間力ですよね。



Being(在り方)こそが大切です。

Being(在り方)こそが人の胸を打ち、人の心を開かせる。

Doing(何をするか)ではありません。


決められた時間、決められた手順でしかるべき場所を刺激してればそれでいい、というものじゃない。




“心ここにあらず”

“なあなあ”

“おためごかし”


それらの正反対に位置する関わり方。


そんな真摯なスタンスで、小窪先生と荒島先生には関わっていただいたと感じます。

大いに感動いたしました。




もちろん、親友かよちゃんのしてくれる足心道の足もみなど、心のこもったマッサージを受けたことがないわけではないんです。


波動療法のすごいところは、ただマッサージするだけでもないというところです。



マッサージもしてくれるんですよ。

それがめちゃくちゃ気持ち良いんですが。

それだけじゃなく、リーディングもしてくれるし、波動を流してもくれる。

その上、心理療法もプラスされてる。

一種の短く簡素なインナーチャイルドワークがセットで付いて来る、みたいな(^^)



リーディングとしては、身体を触りながら、「何歳くらいにこんなことがあったでしょう」みたいなことを色々言われたりします。

「こんな感情をひどく溜め込むタイプですね」とかね。

「ここがこんな風に痛いでしょう」とか。

半分霊感占い師みたいです。

それがまたかなり当たってる。

すごい。




それから、波動を流してもくれるんですが、レイキに似た温かいエネルギーを流し込んでくれます。

これがまた気持ちいい!!




それから、二時間弱の施術の間中、「ずっとがんばってきたんだね」「つらかったね」「もうがんばらなくてもいいんだよ」「そのままの自分でいていいんだよ」などの心のこもった言葉をかけ続けてくれます。


めちゃくちゃ癒されます!

何度も何度も泣きそうになりました。


「生まれなおし」や「生みなおし」のワークもします。

もうすでに心理療法の世界ですよね。



「生みなおし」はお子さんの居る方用です。

子どもを身ごもってから出産まで、ずっと幸せで愛に包まれていた、と母親がイメージングすることで、子どもがガラッと変わるそうです。

アトピーや喘息だって治るよ、と先生に言われました。


でも、母親が癒されて、変われば、子どもが変わり健康になる、っていうのはすごく良くわかります。

さもありなん、って感じです。

うちの場合は残念ながら効果の程はまだわかりません。

というのも、丁度今息子たち二人ともアトピーも喘息も治まっている時期で・・・。

でも、期待できると感じています。



めちゃくちゃ気持ち良いマッサージ

リーディング、波動

その上、心理療法も。



これを二時間弱びっちりと、先生二人がかりで。



私はリピーターになります!

家族にも受けさせたい。

友人知人にも薦めまわりたい。



だからまた北海道にお二人を招くことになりました!


興味のある方は無料メルマガ「北海道知的探検ワクワク情報」を購読登録しておいてくださいね。

日時など、詳細が決まり次第、そちらでアナウンスいたします!



道外の方のために、波動療法の先生の連絡先をお知らせしますね。

ブログで公開OKの許可ももういただいてます(^^)

料金は、北海道まで来てくださっていたので、交通費・宿泊費も入っているのかもしれませんが、一回二時間弱で二万円でした。

東京で受ければもっと安いかもしれませんね。

今手元に名刺があるのですが、HPとかはお持ちじゃないようです。

連絡先としては、携帯番号しか書いてないのですが、それをお知らせしますね。


090-1263-6171 アイシン波動療術院
090-3806-2611 荒島先生
090-8784-1104 小窪先生



- ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・ - ・
スピリチュアル・コーチ 珠帆 美汐
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米国CTI 認定プロフェッショナル・コーアクティブ・コーチ

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by tamahomishio | 2005-06-18 01:51 | 自分の本質を輝かせる!

タロット占い師への道 その8(最終回)

(昨日の続き:三年前の私は手に職を持たない一介のパート主婦でした・・・
 そんな私が自分の人生を生きる宣言! タロット占い師を目指して、東京三泊四日の旅へ!)


乾いた砂地が水を吸い込むようでした・・・。



よーじゅ先生のタロット集中個人講座での私の様子です・・・。

2002年の8月、暑い盛りのことでした。

当時神奈川県に住んでいた弟夫婦の社宅に泊めてもらって宿泊費を浮かしながら、私は三日間の集中講座に通いました。




久しぶりに、言葉の通じる人と、出会った。。。。



その喜びと満足感。




私は普通の人とは言葉が通じない、と感じてしまいます。

私は、自分の内面や人の内面などに関わる、深い話にしか、興味を抱けない。

昨日見たテレビの話、お天気の話、噂話、、、、普通の世間話にはついていけない。
どこでどう反応すればいいのか、わからない(;;)
どんな相槌を打てばいいのか、わからない(T T)

本当に、違う言語を話しているかのように、かみ合わない。



いつも、自分は誰とも言葉が通じない、という孤独感を感じて生きていました。

たまには、通じる人もいるのです。

そういう相手とは深く長い付き合いが続きます。

お互いがお互いにとって希少価値があるので(^^;



でも、そんな相手と出会う確率は低いものでした。
子どもの小学校のお母さん友達、ご近所さん、、、、何人新しい出会いがあっても、誰ともかみ合わない。



そんな中、久方ぶりに、言葉の通じる人と出会った!

それがよーじゅ先生でした。

ユングの話ができ、フロイトの話ができ、錬金術の話ができ、シンクロニシティの話ができ、ハイヤーセルフの話ができ、、、、

それだけでも十分嬉しいというのに、ただ会話が成立したというだけじゃないのです!

その上に、よーじゅ先生が、私に新しい知識を教えてくれるのです!

私が興味ある分野の話を!




まさに、砂地が水を吸い込むよう、

乾いたスポンジが水を吸い込むようでした・・・

快感でした(;;)

幸せでした(;;)



この日を境に、私はライフワークを生きるようになっていきます。

ライフワークを生きている人間の周りには、同じ波長を出す人が寄ってきます。

あの日から、私は徐々に孤独から抜け出しました。

新しく出会った人の、ほとんどが言葉の通じる人、という状況に、いつしかなっていました(^^)

ソウルメイトに周りを囲まれ、一緒に高みを目指す旅の仲間も、“旅団”とでも言うべき数になっております(^^)

今となっては、あの頃の孤独に悩んだ日々がうそのようです。



自分がそんな経験をしたから、私は孤独な魂をほっておけない。

見つけ出したい。

そして「あなたは一人じゃないよ」と伝えたい。

「あなたらしさを、怖がらずに表現してごらん。たくさんの人があなたの波長に引き寄せられて集まってくるから。」と伝えたい。

その人らしさを表現し、ライフワークを生きる人になるのを手伝う人になりたい。



私がブログに自分をさらけ出し続けるのも、メルマガを発行し続けるのも、色んなセミナーや講座を企画するのも、全部、そのためです。

孤独な魂を見つけ出すため。

名づけて、「醜いアヒルの子救出大作戦」。

あなたが周りの人と異なるのは、あなたがアヒルの子じゃなくて、白鳥の子だったから。

どちらの方がえらいとか優れているとか、そういう比較の話ではなく。

最初っから異なる種だったのに、比べてもしょうがなかった、という話。

そして、あなたと同じ種に属する仲間も、ほらこんなにいるんだよ!と。

それを伝えていきたい。
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by tamahomishio | 2005-04-26 18:28 | 自分の本質を輝かせる!

タロット占い師への道 その7

(昨日の続き:三年前の私は手に職を持たない一介のパート主婦でした・・・
 そんな私が自分の人生を生きる宣言! タロット占い講座に問い合わせました。)

よーじゅ先生からのお返事は、とても丁寧で感じのよいものでした。

さすがカウンセリングを勉強している方だけあって、こちらの言葉を必ず一旦受け止めてから、返してくださいます。
言葉のキャッチボールが、ちゃんとできる方。

「この人からタロットを習いたい!」

東京まで、三泊四日の旅を決意しました。

夫は、以前の「全面的に応援するから勉強すればいい、家事育児のこともお金のことも心配するな」という公約をキチンと守ってくれました。

その旅を気持ちよく許可してくれたのです。



ちなみにあのとき以来、その公約をずっと守り通してくれています。

勉強や研鑽のために出歩くのを嫌な顔されたことは一度もありません。
家事育児、全面的な支援をしてくれています(^^)



その経験から、ケンカって、避けていてはいけないと思います。



私があの時、大人ぶって言いたいことを言わずに引っ込んでいたら、今のこの関係は、出来上がっていない。

なにも、私がキレて怒鳴り散らした挙句、ダンナの方に我慢を強いることに成功、とかそういう話ではないですよね。


私たちは、真実の話し合いができたんです、あの時。

私が心の底から何を求めているのか、何がつらいか、何が苦しいか、それをストレートに胸から胸へ直球で投げ込むことができた。

そして、分かり合え、歩み寄れた。




やはり人と人は、宇宙の虚空に浮かぶ惑星同士のように孤独だと思うんですね。

たとえ家族だろうが恋人だろうが夫婦だろうが、人と人の間には、深遠な淵が横たわっていると思うのです。

だからこそ、伝えたい!届けたい!という強い想いと共に、声を振り絞って伝えていかないと、何一つ伝わらないと思うのです。

そうしないと、何一つ分かり合えない。



もちろん、相手を傷つけたり貶めたりするケンカはNGです。
かえってお互いの間の溝を深め、関係を壊すだけ。

そうではなく、あきらめずに、真剣に、話し合い、議論を戦わせ、想いをぶつけること。

それなくして、どんな人間関係が持てるというのでしょうか。



激情のまま相手を傷つけるケンカではなく、自分の真実の想いのたけをぶつけるケンカをしよう。

そんなケンカを避けてはいけない。

私は心の底から、そう思います。




ちょっと話がずれましたが(^^;

こうして、当時8歳と1歳の子どもたちを残して(ダンナには仕事があったから、実家の母が来てくれたんだったかなあ。周りの家族の全面的な協力のもと、今の私があります!多謝!)、東京三泊四日タロット講座の旅に旅たつことになりました。

(明日に続く)
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by tamahomishio | 2005-04-22 18:26 | 自分の本質を輝かせる!