夫との出会いを詳しく連載しちゃいます(*^^*)その4

当時泊まっていたソウルの有名な安宿。
確か名前は大宇旅館だったような気が・・・。

ドミトリーがいくつかあって、そのうちのひとつが女の子部屋。

ほんの、三畳くらいの狭い部屋に、二組の布団。

布団のサイズが、ひとつはシングルなんだけど、ひとつはダブルサイズ。

で、定員が三名。






・・・つまり、ダブルの布団で二人で寝ろ、という意味です(^^;


たとえ、自分の連れでなくても。



つまり、ある朝目が覚めてみたら、同じ布団で、見ず知らずのおばさんが寝ている、ということです(爆)



実際、二日目の朝、目が覚めてみたら、私の隣で、同じ布団にくるまって、白人の年配の女性がすやすや眠ってました(笑)

なかなか新鮮な経験でした・・・




で、その女の子部屋の戸を開けてすぐが、中庭。

大きなテーブルが置いてあり、それを囲んで椅子がたくさん。

ワンコインを箱に入れれば、セルフサービスでインスタントコーヒーやティーバックの紅茶などを自由に飲めるようになっています。


いつも、貧乏旅行者がたくさんたむろして(なぜか日本人が中心でした)、自分の旅の貧乏自慢や危険自慢、不潔自慢などをしていました(爆)。



その旅館があまりに居心地よくって、ついつい10日間ほども滞在してしまった私ですが(たとえ布団が共用でも!)、その中庭で聞いた「謎の金髪の日本人」の武勇伝の数々。

次々に来ては去っていく旅人の多くが、「彼」について語るのです。


不思議な髪の色、不思議な髪型、不思議な風貌。
全てにおいて日本人離れしている、とか。

旅館に部屋を取っておきながら、数日間帰ってこない、とか。

観光地に数日間滞在していながら、全然観光地めぐりをしていない、一体なにをしているのか、とか。



なんせ風貌が目立つので、

「もう謎の金髪の日本人と遭遇した?」

「え?金髪の日本人?・・・ああ、見た見た!あの背の高い人でしょう?」


とか、

「まだ見てないけど、噂を聞いてる~。不思議な人なんだって?」

とか、とにかくいいネタになっていました(^^)



私も「ええーーー、そんな人がいるのーーー?!一度お会いしてみたい!」と好奇心の塊になっていました♪



そして、その運命の日に、女の子部屋の戸を開けた向こうに座っていた金髪の青年は、噂どおりの神秘的なアルカイックスマイルを浮かべていたのでした。

180cmの長身に、モコモコのダウンジャケットを着ているせいで、妙に体格よく見えました。

ダウンジャケットと長身と金髪の取り合わせのせいで、妙にアメリカ人チックに見え、ほんと日本人離れした不思議な風貌でした・・・




彼は、当時、九州の家具工房を辞めたところでした。
次は北海道の職業訓練校に建築の勉強をするために行くことが決まっていました。


北海道への引越しの前に、工芸品などに触れるために、韓国・台湾の旅をしていたそうです。

ソウルのその安宿には、三日間だけの滞在でした。


私は当時、東京で学生生活。


本来全く接点のない私と彼との人生が、ソウルという異国の地で、その安宿で、たった三日間だけ、重なりました・・・

(つづく)
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# by tamahomishio | 2005-08-02 19:05 | 自分の本質を輝かせる!

夫との出会いを詳しく連載しちゃいます(*^^*)その3

両親が不仲な家庭で育った私には結婚願望がなく、そのおかげで、「こんな人なら結婚してもいいんだけど」という異様に厳しい条件を持つようになったことを前回書きました(^^)

そして、結婚後の生活スタイルにまで、厳しい注文は及ぶのでした。



その注文とは

・北海道で広い土地を買って暮らす

・家はダンナ様手作り

・馬も飼う

・ダンナ様は在宅で職人業に従事。子どもに働いている姿を日々見せる。

・家事育児はもちろん平等に分担。



親にこの私のビジョンを話すと、「アホ!職人いうのは昔かたぎなもんや。家事育児をやってくれるような人がおるかいな!」と一笑にふされました(^^;

それならそれで、結婚なんてしないまでよ、と思っていた私でした。


高校生くらいのとき、さすがに異性が気になり、恋に憧れるようになりました・・・そして、その時始めて、「もしかして、結婚って、“好きな人”とずっと一緒に居れるってことなの?!」と気づきました(遅いって^^;)。


それまで「人生の墓場」にしか見えなかった結婚が、はじめて夢のあるものに見えた瞬間でした・・・。


その頃、自分がひどい淋しがりやであることにも気づき、「籍を入れるにしても入れないにしても、誰かと一緒に暮らしたいな」と思い始めました・・・。


大学入学直後のGWに、初めてのBFができました。

とっても優しい人で、この人のおかげで親元を離れての下宿生活にスムーズに慣れることができました。

でも、どこか物足りなかった。

「私の探しているのはこの人ではない」

交際二年目くらいから、私から別れ話を持ち出しては、結局寂しさに耐えられずまたよりを戻す、ということを繰り返すようになりました。


そんな中、“その1”に書いた“韓国バックパック貧乏一人旅”に旅立ったのです。


2月の韓国はとても寒く、空もいつも灰色で、時々雪が舞いました。

底抜けに明るかったタイやネパールの旅行と違い、一人旅の気分も滅入りがちでした・・・。


自然と、「地球の歩き方」を目印に、同じような貧乏旅行の日本人と馬鹿話に興じるのが重要な楽しみになりました。


その度に聞く色んな人から聞く、「もう謎の金髪の日本人には遭った?」という話題。



日本人離れした金髪らしい。

言動もすごく“謎”らしい。

今、韓国のあちこちに出没しているらしい・・・。





そんなある日、ソウルの有名な安宿で、私が泊まっていた「女子部屋」の戸を開けると、中庭に、ド金髪をおかっぱにした、背の高い男性がアルカイックスマイルを浮かべて座っていました。

目があったので会釈をすると、返してくれました・・・


「これが噂の“謎の金髪の日本人”さん?!

 とうとう遭っちゃった!」



そのときの私には、まさかその後、その謎の日本人と結婚することになろうとは、夢にも・・・・


(つづく)
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# by tamahomishio | 2005-08-01 19:03 | 自分の本質を輝かせる!

夫との出会いを詳しく連載しちゃいます(*^^*)その2

<未来予知なのか、理想を明確にしていたら叶うという願望実現の法則なのか、それとも前世から約束していた赤い糸の相手だったからなのか、

とにかく私は子どもの頃に思い描いていたそのままの相手と、運命的に旅先で出会ってしまったのです・・・。

その実話を連載してます!>



私には、物心ついた頃から、「こんな人でなければ絶対に結婚しない」という明確なイメージがありました。

どんなイメージかというと、


 ・男女差別主義者ではない人。
  家事育児すべてを平等に分担してくれる人。

 ・頭がよくて博識でリベラルで、柔軟な発想のできる人。
  対話能力のある人。
  知的な面で、尊敬させてくれる人。

 ・大胆で実行力のある人。
  たとえばある日私が「あーあ、旅に行きたいな」と言ったとしたら、次の日荷造りして航空券用意して「ほら、行くぞ」と言うような、そんな人。

 ・生命力の強い人。サバイバル能力のある人。
  自分の手で家を建てたり、自分で井戸を掘って水を確保できたりするような、山から獲物をぶら下げて帰ってきたりできるような、そんな人。
  「大草原の小さな家のお父さん」のような、そんな人。

 ・職業は“ものを作る職人”希望。




私、両親が不仲な家庭で育ったので、結婚願望がなかったんです。

幼いときから母が、ため息をつきながら「結婚さえしていなければ」「独身のままでさえいれば」「子どもさえいなければ」と嘆くのを聞いて大きくなっていたので。

それに、TVや大人同士の会話で「結婚は人生の墓場」とか、面白おかしくちゃかして言ってますよね。

ああいうのを頭から信じてました。



結婚は人生の墓場だ、と。

結婚は不幸の始まりだ、と。

結婚なんかしたら、人生は終わってしまう、と。




幼稚園の頃から「私は結婚しない」と断言していたのを自分でもよく覚えていますし、親戚の叔父さんおばさんや幼馴染のお母さんなどと会う機会があると今でもよく言われます。

「たまちゃんがまさか結婚するとは思ってもみなかった^^;」

「あんたはずっと独身を通すんやと思ってた」

と・・・(^^;



小学校3、4年の時、なんの授業だったか、「結婚、と言う言葉から連想する言葉を言いなさい」と、順番に全員が指されたことがあります。


「幸せ」とか「ウェディングドレス」とか「家庭」とかそんな言葉が続く中、私ひとりが「離婚」と答えました(爆)



そんな私でしたから、「こんな人ならば結婚してやってもいい」(←偉そう^^;)という条件はことのほか厳しかったのです。



妥協なんかする気はさらさらない。

妥協するぐらいならば、結婚自体をしない。

妥協してまで結婚する価値なんて、いったいどこにあるのか?




そして、結婚後の生活スタイルにまで、厳しい注文は及ぶのでした。

その注文とは・・・


(つづく)
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# by tamahomishio | 2005-07-31 19:02 | 自分の本質を輝かせる!

夫との出会いを詳しく連載しちゃいます(*^^*)その1

いずれ書きたいなーと思っていた夫との出会いの話を、詳しく連載しちゃいますね!(照*^^*)

実話です(^^)

一切脚色なしです。



あれは私がまだ21歳の2月、大学の3年生になる春休み、韓国旅行中のことでした。

その旅で、私は、子どもの頃から思い描いていた通りの、まさに理想の男性と出会ってしまったのです・・・。

本来全く接点のない私と彼との人生が、ソウルという異国の地で、その安宿で、たった三日間だけ、重なったのですが・・・。


そんなご縁で結婚することもあるんですもんねーーー

人生って、わかりません・・・



えっと、海外への憧れが強く、「世界旅行研究会」というサークルに所属していた私は、1年生の時の香港・中国旅行、2年生の時のタイ・インド・ネパール旅行に次いで、その春休みに訪れる三回めの海外自由バックパック貧乏旅行の行き先として、韓国を選んだのです。

その頃、盧泰愚大統領への反発で治安が乱れ、デモ騒ぎが頻発したんですね、韓国は。

それを聞くと、冒険心がうずいてしまって(苦笑)

迷わず韓国を旅先に選びました。



そんな私ですので、治安の悪い地域をわざわざ訪ねた若者がテレビでバッシング受けているのを見ると、わがことのように感じてしまいます(^^;

若者は危険な経験がしたいものなんだ、と私は思います。

今、通過儀礼というイニシエーションを失ってしまった若者が、「死と再生」を疑似体験するためにバイクを飛ばしたり危険な海外にわざわざ行ったりするのはとても健全なことなんじゃないか、と思うのです・・・

それは時として、すさまじい迷惑を家族に、そして日本国に与えてしまう危険な行為ではあるのですが・・・。


色んな無茶をしてきた私が、特にこれといってひどいめにも遭わずここにこうしていられるのは、何か目に見えないものに守られてきたとしか思えないなあ、と改めて・・・

そして、21歳になったばかりの若さで、運命の人、赤い糸の相手とめぐり合えたというのもまた、大いなるもの(サムシンググレイト)の導き、見守りを感じずにはいられません・・・


私には、物心ついた頃から、「こんな人でなければ絶対に結婚しない」という明確なイメージがありました。

どんなイメージかというと・・・

(つづく)
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# by tamahomishio | 2005-07-29 19:04 | 自分の本質を輝かせる!

魂に効く絵本「ナヌークの贈り物」

魂に効く絵本  ~絵本は恋に似ている~ 2005.7.25 第8号

夏真っ只中ですね!

北海道はそうでもないですが、他の地域はさぞかし暑いんでしょうね。

季節柄、目に涼しげな絵本を選んで見ました。



   ☆「大自然の中、いのちはめぐりつづける」

             がテーマの 絵本 ご紹介



    ・『ナヌークの贈り物』星野道夫 写真/文 小学館
                    (小学校中学年くらいから)


    ・『いわしくん』菅原たくや 文化出版局
                   (読んであげるなら4歳から)

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 ● 『ナヌークの贈り物』

  星野道夫 写真/文 小学館

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     ~~あらすじ~~


ある吹雪の夜、北米原住民の少年は、
ナヌーク(ホッキョクグマ)の精霊に語りかけられる・・・



「人間はクジラに向かってもりを投げ、

クジラはサケを飲み込み、

サケはニシンを飲み込む。

 ----生まれかわっていく、いのちたち。」




「おまえのおじいさんの最期の息を受け取った風が、

生まれたばかりのオオカミに、最初の息をあたえたのだ。

 ----生まれかわっていく、いのちたち。」




「少年よ、消えていく命のために祈るのだ。

お前のおじいさんが、祈っていたように。

おまえのその祈りこそが、私たちに聞こえる人間の言葉なのだ。」




      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'



クマに魅入られ、クマを追い続けた写真家、

星野道夫さんの写真絵本。



私たち人間だけが

愛情や友情などの高等な心理機能を持って生きているのではない。



動物だって、家族がいて仲間がいて、

愛し合い慈しみあって生きている。

それが生き生きと伝わる写真たち。



家族と戯れるホッキョクグマ。

雪原で身を寄せ合って気持ちよさげにうたたねする彼ら。

相撲を取る二頭、それを遠巻きにするギャラリーたち。

乳をまさぐる我が子を目を細めて抱くホッキョクグマ。

母親グマのあとを一心に追う二頭のきょうだい。




      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'




私たちは大いなる命の流れに浮かぶうたかたに過ぎない。

かつ消えかつ結び を永遠に繰り返す・・・


そして、私たち人間だけがその流れに浮かんでいるわけではない。


TVの中でライオンがシマウマに飛び掛かって
血まみれになって食べてるのも、

庭先でアリがチョウチョの死体を運んでいるのも、

私たちがスーパーで
パック入りの薄切り肉を買ってきて食べるのも、

全部一緒。



私たちは命を食べて生かされている。

私たちが食べるマックのハンバーガーも

宅配のピザも、

ついこないだまで息づいていた命だった。

生き生きしたつぶらな瞳をして、
触れると体温と鼓動が伝わってくる、そんな存在だったのだ。



私たちは生き物の命をいただいて食べている。

そして、私たちだって、
いつか世界の構成要素として大地に帰っていくだろう。

灰になり

微生物に分解され

大地に帰り

そうして永遠に循環していくだろう。



私たちは他者の命を食べて生かされている。


「いただきます」に込められた意味の深さを思おう。

「いのちを、いただきます」という敬虔な感謝の祈りなのだ




『ナヌークの贈り物』星野道夫 写真/文 小学館





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





そしてぜひ、読み聞かせにこの絵本を選ばれるときは、



   『いわしくん』菅原たくや 文化出版局



とセットにして読んでもらいたい。


<あらすじ>

日本の海で泳いでいた「いわし」くんは船につかまった。

スーパーで売られ、買われて、食べられた。



最後のページで、いわしくんが泳いでいる。

いわしくんを食べた男の子の身体に宿って。



楽しげに。生き生きと。目を輝かせて。

そこには食べられてしまった無念など、みじんもない(笑)。

あるのは、はじけるような「生の歓び」だけだ。

肉体に取り入れられたことで再び泳げることへの感謝と、悦び。




      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





私たちは、生かされている。

大いなる自然の中で、他者の生命をいただき、

取りいれ、そのおかげさまで生かされている。




私たちの体の中には、太古の恐竜が息づき、

昨夜の夕食で食べたいわしくんが泳いでいる。

私たちもまた、大自然の一つの構成要素に過ぎない。


私たちが他者の命を取り入れて生きているように、

私たちが死んだら

そのいのちは 他の生き物に取り入れられ、

この地球上を姿を変えて生きていく。



私たちは、地球の上の大いなるいのちの流れに浮かぶ、

泡の一つにすぎない。


それは決してはかないことなどではない。

そこにあるのは、

母なる大地にしっかりと抱きとめられている安心感。



私たち いきとし生きるもの全て、

確かに悠久の命の流れの一部であり、

決して切り離された孤独な存在ではないのだ。




「いわしくん」
菅原たくや 作、文化出版局 
(読んであげるなら4歳くらいから)



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# by tamahomishio | 2005-07-25 16:00 | 魂に効く絵本

信頼って、こういうことだったんだ

長い連載が完結しました。
お付き合いくださった皆様、温かく心のこもったコメントをくださった皆様、ありがとうございました。

こういう、ささやかだけれども明るい火花をきらめかせることだけを追い求めたいな、と改めて感じました。

他人の言動をコントロールしようとしては、「約束が違う」とか「信じてたのに裏切られた」と騒ぎ立てるような、そんな浅いレベルの“エセ信頼”は手放したい。



みんな、「つながって」いる。

でもそれを「繋ぎとめたままに保とう」というのは無理なことで。

それをなんとか「繋ぎとめたままにしておきたい」と色々やってはかなわず、落ち込んだり傷ついたり、みたいなことを繰り返してきたのかな、という気がします。

ひと言でいって、執着であり、依存ですよね。

自分の存在が危うくて、それを誰かに保証して欲しかったのです。

誰かを繋ぎとめることによって。

誰かの言動をコントロールすることによって。




今回、「確かなものって一体なに?」と突き詰めて突き詰めて探っていって、自分の存在の核のような、芯のようなものに行き当たりました。


唯一確かなものって、自分の存在。自分の本質。


そしてそれは、誰かの言動によって価値を測られるような、そんなものではない。

人の本質は、誰かの言動によって損なわれたり価値が下がったりするような、そんなものではない。



誰かがどんな振る舞いをしたとか、誰かの言動がどうだったとかにいちいち反応しなくていい。

ただ、「核」から「核」を、「芯」から「芯」を見る。



自分自身の輝く本質を、確信を持ってギュッと握り締めることさえできたら。

そうすれば他の方の輝く本質にも焦点を合わせることができる。



それができればたいていのことは恐れなくていいんだ、と学びました・・・。






過去につらいトラウマを抱えている方へ。

傷ついたインナーチャイルドがまだ内側で泣いている、という方へ。



乗越えましょうね、お互い。

魂は自由なはずです。

乗越えられない試練は与えられないはずです。

全てはベストのタイミングで与えられたギフトのはずです。

想念が現実を作るはずです。

いつまでも、過去に私たちの人生を損なわせ続けるわけにはいかない。

そう思いませんか?

乗越えられますとも。

いっしょに手を携えて、歩き続けましょう。


フラワーエッセンスなども助けになってくれますよ。




ちなみに、私はRosemaryさんに一ヶ月前にフラワーエッセンスを調合してもらったんですが、それがなんと、以下のような内容でした。




  ☆~★~☆~★~☆~★~☆~★~☆


ミルクウィード~~~過度の依存症や幼児がえり、感情的退行に。またアルコールや薬物、過食や過眠によって意識を鈍らせようとする人に。魂の非常に深いレベルで滋養を与え、退行現象を起こしている核の部分を再生させる能力を育て、健康的な自我や自信、自立心を育てます。

ウィロウ~~~被害者意識や、自分を正当化してまわりを責める人、ネガティブな感情に執着する人に。魂に弾力性や柔軟性をもたらし、受け入れ、許すことができるよう促します。人生の状況を自分が作り出していることに気づき、自分の人生に責任を持てるようになります。

ホリー~~~自分が他者や愛から切り離されていると感じることから来る、嫉妬、羨望、疑い、怒り、憎しみ、恨みなどのネガティブな感情に。ハートを愛で満たし、愛と許しをもたらし、他の人間に愛を差し伸べることができるよう促します。自己の定義を限られた狭いものから、広がりのある、他者をも包括するものへと切り替え維持するのを助けてくれます。

イブニングプリムローズ~~~胎児期や乳幼児期に受け取った拒絶感や孤独感、虐待から「自分は誰からも望まれない存在」と思い込み、人との深い感情のふれあいやかかわりを避けたり、性的、感情的な抑圧のある人に。魂の深い核の感情に気づきと滋養を与え、心の傷を癒し、素直に愛情を表現できるようにサポートします。


  ☆~★~☆~★~☆~★~☆~★~☆



そのときは自覚的にはなにも感じてなかったはずなんですが・・・ずばりじゃないですか~(><;

なんでわかったんだろう?(^^;




このエッセンスを、ちょうど東京で飲み終わるんです。

そう、そのきっかけとなったトラブルが起こった日の午前中に、まさに飲み終わりました。

そしたら、こんな風に気づきの嵐が起こり、一皮剥けることとなりました。



おそるべし、フラワーエッセンス。

おそるべし、Rosemaryさん
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# by tamahomishio | 2005-07-24 23:45 | 過去生の記憶?

信頼って、なに? その6

そしたら、CTI代表の島村剛さんが



「僕は、決して、珠帆さんを一人になんかしません!」



と力強く断言してくださいました(;;)




一層激しく泣きじゃくりながら「インナーチャイルドが嘘つき!って言ってます」と答えました。




それが本当だったらどんなに嬉しいか。

でも、できない約束なんかもうしないでほしい。



でも、剛さんは繰り返し言ってくださいました。

「僕は、決して、珠帆さんを一人になんかしません」




その二回の言葉にこめられた語勢が、私の胸を打ちました。

深いところから出された、真実を語る声でした。

表面的な浅いところから出された声とは全く違う、力強くて人の胸に直球で届く声でした。


内容ではなく、声にこもった真剣さ、思いの深さが私の心を揺さぶりました。




想いだけは真実なんだ。


それが、突然、その時、腑に落ちたんです。



状況がそれをゆるさないことは、ままあるだろう。


(ただでさえ多忙な剛さんが、どうやって私をひとりにしないでおくことができると言うのでしょう?)


でも、その思いはきっと、真実なものなんだ。



「約束を守ったか守らなかったか」「実際にどのような言動を取ったのか」など、表面的な行動レベルに焦点を合わすのではなく

また、物理的地理的距離も超えて、

私たちは、お互いの「想い」の強さや真実さを信じていくしかない。



そうなんですよね・・・




状況がそれを許さないことは、ままある。

でも、想いだけは信じよう。

それ以外に信じるに足るものがあるだろうか?





熱烈に愛を語り合ったカップルが破局を迎えて別れることなんてよくあって。

でも、以前、「愛してる!」と囁きあったその瞬間の想いだけは真実で。




お母さんが子どもに「何があってもお母さんが守ってあげる」っていくら言っても守れないことはままあって。

でも、その想い、そう言いたくなる想いだけは真実で。



私もまた、愛しい我が子を置いて、突然天に召されるような事態になるかもしれない。

でも、私が幼い子どもたちを置いて去らなければならなくなったとしても、私が彼らを愛した事実は変わらない。

私が彼らを抱きしめる、その瞬間の温もりを覚えていてほしい。





過去生での母も、今生での母も、「大好き」「大切」「ずっと一緒」とよく言ってくれていた。

その想いが真実なことを、私は実はよく知っていて・・・(;;)

私は裏切られてなんか居ない(泣)

残念なことに、状況がそれを許さなかった。

それだけなのだ・・・


想いは真実。

込められていた深い想いは真実でした。








  大切な大切な家族だって いつ喪ってしまうかわからない。

  今日、外出先から帰宅したら家がないかもしれない。

  家族も、友達も、世界も、確かなものなんて、何一つ無い。

  それは、どうしようもない事実。

  そんな中、私は何を信じて生きればいい?




この問いの答えを、私は見つけました。



人との関係においては、「その瞬間瞬間に飛び散る火花を」。






人と人が深いところで触れ合った瞬間に飛び散る火花、それ以外に信じるに足るものがあるでしょうか。


誰かと誰かの魂が触れ合う。

その神聖な瞬間、人と人の間にスパークする火花。


温かな共感。

存在の奥深いレベルで、何かと何かが共鳴を起こす。




人と人とは、まるで宇宙の虚空に浮かぶ惑星同士のように孤独。

なのに、お互いの間に横たわる深遠の闇を超えて、神聖な火花が飛ぶ奇跡の瞬間っていうのが、確かにあって。



(今回日記に寄せられた温かいコメントの数々に、私はそれら火花を見ました・・・。真実の触れ合い、真実の共感を感じました。ありがとうございました。)


そしてそれは、流れ星をビンに閉じ込めていられないように、

そよ風を缶詰にはできないように、

一瞬一瞬過ぎ去っていってしまうもの、つなぎとめてはいられないもので。


だからこそ、貴重で。


飛び散る火花は宇宙の虚空に消えていっても、その明るさ、美しさ、その瞬間の感動を私はありありと覚えている。


そしてまた、火花は必ずや何回でもスパークするだろう。

周囲に人がいてくれる限り。

私が、人と誠実に触れ合い続けるのをやめない限り。




人との触れ合い以外の部分では、私が何を信じようと、どんな信念を持とうと、自由なのだ、と。

裏づけとか証拠とか保証とか根拠とか、どうせないんだし、と。




  今日、外出先から帰宅したら家がないかもしれない。


でも、あるかもしれない。




  今日、人工衛星が降ってきて潰されるかもしれない。


でも、そんなことは起こらないかもしれない。




何を信じようと自由ならば、

   人がその個人的な世界の神ならば、

私は、自分が一番心地よく、一番力強さを増す信念を選ぼう。



明日もまた世界は安全に続くと、まずは信じよう。

この階段は崩れない、そう信じてのぼっていこう。

別れを恐れず、喪失を恐れず、私は人に心を開き続けよう。




思い起こせば、私はその元々のトラブルの相手の方との間に、たくさんの美しい共感の火花を飛び散らせてきていたのです。


「実際にどのような言動を取ったのか」など、表面的な行動レベルに焦点を合わすのではなく

飛び散った火花の明るさ、美しさ、その瞬間の感動の記憶に焦点をあわせたい。


その瞬間瞬間の想い、共感、感動、温もり。

それらは真実のものでした。





この東京旅行全体が、まるで人生の昇格試験のようだったと感じています。

そして、答えが見えた、と。

そして私は自分が人生の昇格試験には合格できただろう、と感じています。



1.「信頼とはなに?」

→なんの根拠も保証もなくても、あえて身を投げ出して預けることです。

 なんの保証もないことを、覚悟の上で。
 
 裏切られて痛い思いをするのも、自己責任で。

 その瞬間瞬間の、自分にとっての真実を重んじること。

 それに従って、身を投げ出して預けること。
 
 その結果を、引き受ける覚悟をすること。




2.「応援してくれる人が居るからがんばれる? じゃあ誰も応援してくれなければ、あなたはどうするの?」

→誰一人応援してくれなくても、誰一人私を認めてくれなくても、私は前を向いて歩き続けます。

 それが私ですから。




今回、激しい苦痛の中で、たくさんの方に支えられて、私はわたしなりの答えを、光を、見つけました。


私と関わってくださったみなさん、本当にどうもありがとうございました。


心からの感謝を捧げます。
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# by tamahomishio | 2005-07-22 23:42 | 過去生の記憶?

信頼って、なに? その5

昨日、『天災で孤児になった過去世の記憶』は、この実際の記憶を「例えて言えばこんな衝撃」と物語として表現したものかもしれません、と書きました。

でも、ゆっくりかみ締めてみると、私の感覚としては、先に『天災で孤児になった過去世の記憶』があり、さらにその傷を上からえぐられたのが「要らない子として母から選ばれてしまった五歳の頃の実際の経験」と思ったほうがしっくりきます。


だからこそ、ここまで痛むのだ、と考えたほうが、しっくりくる感じ。



親しくて信頼していた人から、前言を翻されたり、約束を守ってもらえなかったりした時の「まただ・・・!」という怒りと悲しみ。


「いつもこうだ」

「いつもいつも、みんな守れない約束ばかりする」

「どうして、信頼させておいて裏切るんだろう?」

「守れない約束なんて、しないで欲しい。自分がどれほど残酷な行為をしているのか、わかっているんだろうか?」


この怒りと悲しみと裏切られ感。

そんな感情を味わうたびに感じる、世界が根底から崩壊してしまうような不安。


その根っこは、その過去生の記憶にあると思うと、なにかと矛盾なく符号する感じ・・・。

ま、真実なのかどうなのかは検証のしようがないわけですが。




13日、CTIのコーチ認定資格試験のあと、CTI関係者の飲み会に試験受験生も誘っていただきました。

試験の最中からずっと「何も確かなものなんてない」「他の友人だろうが、夫だろうが、子どもだろうが、いつ私を置いて去っていくのか、誰にもわからない」「私が信じていたものって、なんてはかないんだろう」という想いに囚われ、ずっと涙ぐんで鼻をすすっていた私ですが、飲み会の席でとうとう泣き始めてしまいました・・・(恥; *^^*)


コーチ仲間はみんな、とても聞き上手で、人の心に寄り添うのが上手です。

そして、明らかに私の様子はおかしかった。

そんな敏感で優しくあったかい仲間から、どうしたのかを聞かれ、



「資格コースが終わってしまうのが本当に淋しい。

私は北海道在住で、他のCTIコーチ仲間からは一人で離れてる。

資格コースが終わってしまうと誰かから電話がかかってくることも、もうない。

私は一人で放り出されてしまう、私は一人だ、と感じてる。」

というふうに説明して、そのまますすり泣き・・・。




そしたら、CTI代表の島村剛さんが離れた席に座っていらっしゃったのに、わざわざ私のとこに来てくださって、



「僕は、決して、珠帆さんを一人になんかしません!」



と力強く断言してくださいました(;;)




思わず胸に迫るものがあり、一層激しく泣きじゃくりながら「インナーチャイルドが嘘つき!って言ってます」と返事をしました(^^;




それが本当だったらどんなに嬉しいか。

でも、できない約束なんかもうしないでよ!

できない約束で期待させるのが、どれほど残酷なことか、わかってるの?!


(つづく)
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# by tamahomishio | 2005-07-21 23:41 | 過去生の記憶?

信頼って、なに? その4

5歳頃に天災に遭い、家族も家も、それどころか住み慣れた村全体を失って孤児になってしまった過去生の記憶(かもしれないイメージ^^)をヒプノセラピーで思い出しました。


その記憶とダブる思い出があります。



私が5歳の頃、父と不仲だった母は、家出を計画します。

でも、子どもの数が多かったので、全員を連れて出るわけにはいかない。

「あんたは置いていく」と私は面と向かって母から宣告されました。




茶の間の奥の部屋の、本棚の前でのことでした。

私は立っており、母は正座してました。

正面から私の顔をのぞきこみ、「**(妹の名)はまだ赤ちゃんやし、**(弟の名)は甘えんぼやし、連れていかなしょうがない。あんたはママがおらんでも大丈夫やろ? な?」と。



今でもありありとおぼえています。

幼い私にとって、目の前が真っ暗になるような衝撃だったことも。

それでも、泣くでもなく駄々をこねるでもなく、黙ってうなずくしかなかったことも。



結局、母は家出を断念しました。

でも、次の朝、弟や妹の服はいつものタンスの引き出しの中にはありませんでした。

母はトランクの中から着替えを取り出し、妹や弟に着せていました。





私の服は、いつも通り、タンスの引き出しの中に入ったままでした・・・






この、母から「要らない子」として選ばれ、「あんたを捨てる」と宣告された思い出は幼い私には重すぎ、ずいぶん長い間封印されていました。


中学生のとき、フロイトと出会い、深層心理とか抑圧などの言葉を知った私は、当時のあまりの生きづらさの理由を解明するために、自己分析に没頭し、その過程でこの記憶の封印を解きました・・・



こんなにもありありと細かいところまで覚えているのに、それまで意識の表面には決して上らせないようにしてきた自分の心理機能。

あまりにつらくて、受け容れがたいから。

自分が崩壊しそうになるから。




涙をこぼさずにこの記憶について思い出せるようになったのは、ここ数年のことです。




母は、とても愛情深い人でした。(今もそうですが。)

子どものことを溺愛する、どちらかと言えば過保護・過干渉の人でした。

私に対しても、抱きしめたりほお擦りしたりチュウしたり(^^)、大好きとか宝物とか、たくさんの言葉をくれました。




そんな母が私を要らないと言うならば、一体どこの誰が私を愛するだろう?

そんな母が私を捨てようとするならば、いったい誰を信じられるだろう?

母のように、どんな人も必ずいつか手のひらを返すのだろうか。

耳に心地良い言葉をくれる人に限って、いつか手ひどく裏切るのだろうか。




「天災で孤児になった過去世」の記憶は、この実際の記憶を「例えて言えばこんな衝撃」とノベライズしたものなのかもしれません。


私にとって、それまで慣れ親しんでいた世界が崩壊してしまうようなインパクトんだよ、ということを物語として表現する・・・。





もう何も信じられない、もう誰も愛さない、みんな嘘つきだ、みんな裏切り者だ。




なんで私を置いて行くの?

本当に私が母親やきょうだいを失って平気だと思うの?




大人になった私も、身近な人を失いそうになることに耐えられない。

自分の全存在を否定されたように感じてしまう。

世界が崩壊してしまうように感じてしまう。



その秘密はこの記憶の痛みにあるんでしょうね。




母は結局、家を出なかったのですが。

私のために、不幸な結婚生活に踏みとどまってくれたのですが。

私はそれほど愛されていたのですが。

母が自分の人生を捧げてくれるほどに。




(つづく)
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# by tamahomishio | 2005-07-20 23:39 | 過去生の記憶?

信頼って、なに? その3

ローズ大ハッピーさんのヒプノで出てきたのは、みなしごになってしまった過去生でした。

以前にもちらりと出てきたことのある過去生です。

それが、より一層細かく詳しく出てきました。




5歳か6歳くらいの女の子。

のどかな農村で、お母さんとおばあちゃんと幼い弟とで、とても幸せに暮らしている。

お父さんの姿は出てこなかった。

居なかったのかもしれない。

そのせいか、お母さんから「お姉ちゃん」としてすごーーく頼られ、必要とされて、とても張り切っている。

張り切ってお手伝いをし、進んで弟の面倒を見ている。

お母さんから「お前が居なかったらどうなっていたやら」というような言葉をいっぱいもらって、すごく誇らしい。

必要とされ、愛されて、とても幸せだった毎日。




そんな平凡で満ち足りたある日、山に薪を集めに行った。

帰って来てみると・・・





村がなかった。




土石流? 土砂崩れ? 地震?




なにか、そのような自然災害のせいで、村が、壊滅していた。





女の子は一人ぼっちで、取り残されてしまった。






大好きなお母さんを、かわいい愛しい弟を、優しく温かいおばあちゃんを、泣き叫びながら探し回る。


引き裂かれそうな絶望と恐怖。


打ちのめされる圧倒的な孤独。


一人おめおめと生き残ってしまった自責の念。


誰一人守れず救えなかった罪悪感。




そして、怒り。

強烈な、怒り。

裏切られ感。




「家族なんだもの、いつも一緒だよ」

「大好きだよ、絶対に離さないよ」

「何があっても一緒にいようね」



お母さんはいつもそう囁いてくれていた。




守れない約束なんかしないでよ!


私を置いて行かないでよ!


約束が違うよ!


全部、嘘じゃん!


お母さん!お母さん!お母さん!






ローズさんが、「本当にお母さんはあなたを裏切ったのでしょうか。嘘をついたのでしょうか」と問いかけてくれる。





「嘘じゃないなら・・・裏切ったわけじゃないなら・・・



私がみんなのところに行かなければ!


みんな、待ってるから!


私を探してるから!


淋しがってるから!」





最初、つぶやくような低い声だったのに、途中からこみ上げてくるものがあり、最後は悲鳴のような声で号泣。





身近な人との絆にも、世界へも、すぐに信頼が揺らいでしまうのは、この記憶のせいだったんですね。




大切な大切な家族だって いつ喪ってしまうかわからない。

私を置いて天に召されていくのは今日かもしれない、明日かもしれない。

今日、外出先から帰宅したら家がないかもしれない。

さっきまであった村が、一瞬あとには跡形も無いかもしれない。

家族も、友達も、村も、世界も、確かなものなんて、何一つ無い。

それは、どうしようもない事実。

そんな中、私は何を信じて生きればいい?



私の住んでいる世界というものの危うさ、もろさ。

世界の構成要素は、信頼して寄りかかるには、あまりにもはかない。





ヒプノセラピーセッションは、ハイヤーセルフに出てきてもらって、「それでも人を信じ続けなさい」という言葉をもらって、終わりました。


そのときはスッキリしたと感じたんだけど、まだまだ残っているものがありました。




この階段は、足を置いたら崩れるかもしれない。

そう感じてしまったら、もうその階段を登れない。


この人は、いつ居なくなるかわからない。

そう思ってしまったら、もう 人に心を預けられない。



さみしいさみしいさみしいさみしい




何をしていても涙があふれてきます。

7/13のコーチングの資格試験の本番も、ティッシュで鼻をかみながら、目の周りを真っ赤にしながらの受験でした(^^;



でも、その夜、私は私なりの答えを、私なりの光を、とうとう見つけたのです。



(つづく)
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# by tamahomishio | 2005-07-19 23:37 | 過去生の記憶?