信頼って、なに? その2

続きです。

そのトラブルが起こった日が10日の夜でした。

久々に私のインナーチャイルドである内なる我愛羅ちゃんが大暴れしているのを感じ、寝ても醒めても涙が止まらない状態にまでなってしまっていました。

そのときは何がこんなにつらく苦しく痛いのか、よく把握できてませんでした。

正直に言って、「あの人が私をこんなにも傷つけた。ひどい!」という程度の認識でした。

渦中に巻き込まれてしまって客観的な眼差しを失ってしまってました。



翌11日、ゆこりん改め天海 悠さんと初の対面を果たし、ローズ大ハッピーさんのヒプノを受ける中で、気づきが深まっていく私・・・。


(ずいぶん以前から11日にローズ大ハッピーさんのヒプノセラピーの予約を入れていた、ということがすごく不思議で、シンクロだなあと感じます。)



「全てのことはベストのタイミングで与えられるギフト」なんですよね。

私にとって、この出来事が必要だった。

必要な学びとして、今、与えてもらった。

相手の方は、私のための課題を携えて、私の人生を訪れてくれた恩人なんだよ、と気づきました(気づいただけで、なかなか「でもひどい!」という気持ちからは抜けられませんでしたが^^;)


そしてたぶん、相手の方にとっても、私が涙ながらに「ひどい」と訴えたこと(お恥ずかしい;;)は、きっと丁度いいタイミングで与えられた学びだったに違いない。

色んな事情を鑑みると、素直にそう納得できる材料が揃っているんですね。



また、ローズさんのヒプノでは、まだこれだけ痛む傷の正体を見に行きました・・・



(つづく)
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# by tamahomishio | 2005-07-18 23:36 | 過去生の記憶?

信頼って、なに?

この東京旅行を通して全体が人生の昇格試験のようだったと感じているんですが、その大きなテーマは二つ。

1.「信頼とはなに?」

2.「応援してくれる人が居るからがんばれる? じゃあ誰も応援してくれなければ、あなたはどうするの?」


でした(^^;



私はこの旅行の前半に、ちょっとした個人的な対人トラブルを経験しました。

それは、実際に起こった事件レベルで言うと、本当に些細なことでした。




このブログを以前から読んでくださっている人ならもうご存知だと思いますが、私はとてももろく、あやうい面を持っています。

傷だらけのインナーチャイルドを抱えています。

自己肯定とか基本的信頼感が、とても揺らぎやすい。




この些細な出来事を巡って、なぜか私の中で地震が起こってしまいました。

もともとバランスの悪い基本的信頼感が大きく揺らいでしまいました。

事実関係としては、全然たいした事件じゃないのに、インナーチャイルドとしてはすごく傷ついちゃったみたいで・・・(;;)




多分、私が「課題」を求めている時機だったんでしょうね。

基本的信頼とはなにか、について考えなければいけないタイミングだった。

この、本当に些細な出来事に、私はなぜか根本から揺らがされ、ものすごくショックを受けてしまいました(^^;







「応援してくれる人が居るからがんばれる。」

「少なくとも何人か、私を認めてくれる人が居る。
だからこの世に生きていてもいいと思える。」

私の基本的信頼感は、そういう条件付きだったのですね。


私にとってのその些細なトラブルの相手の方は、その「私を応援してくれる人」「認めてくれる人」のうちの、存在感の大きい一人でした。


「この人は私を応援してくれる、と信じていたけど、その根拠はいったいなんだったんだろう?」と、なぜかその方向に思考が行ってしまいました。




「応援してくれる人が居るからがんばれる、と思ってきた。

それがただの思い込みで、誰も応援してくれてなんかいないとすれば?」


「私を認めてくれる人が居るから、この世界に生きていてもいいと思えた。

でも、誰も私を認めてなんていないとすれば?」


「私はこんなに簡単に揺らぐものを信じてきたんだ・・・。

なんの根拠もないことを。

なんて、心細い。なんて、あやうい。」


「こんなに簡単に信頼とは揺らぐのだ。

私が信頼している他のこともまた、簡単に揺らいで失われてしまうのだろうか・・・。」


「あの人も私を応援してくれている、あの人も私を認めてくれている、あの人も、あの人も、と今まで数え上げてきた人。

でも、その根拠は?

それは一体、事実なんだろうか。証明できる? 保証はある?」

「信頼って、一体なんだろう。私はいったい、今まで何を信じてきたんだろう。

これからは一体、何を信じて生きていけばいいんだろう。」



高所恐怖症の人が催眠術をかけられてすいすいと高い塀の上を歩いていた。

なのに、その途中で、その催眠術がとかれてしまった。




例えて言えば、そんな気分でした。



ハッと気がつくと、自分は高い塀の上で何も支えるものもなく立っている。

向こうはじまではまだまだ遠い。

あそこまで渡りきらなければいけない。

でも催眠術からは醒めてしまった。

私はぶるぶる震えながらその場にしゃがみこみ、動けなくなってしまいました。

「最後まで夢を見させていて欲しかった」こんな言葉が何度も何度も頭をよぎります。





大切な大切な家族だって、明日交通事故で死んでしまうかもしれない。

実家の両親だって、きょうだいだって、いつかは私を置いて天に召されていくだろう。それは今日かもしれない、明日かもしれない。

家族も、友達も、他のなにも、確かなものなんて、何一つ無い。

それは、どうしようもないこと。

そんな中、私は何を信じて生きればいい?



こんな些細な出来事で、私の住んでいる世界というものの確かさが揺らぎました。

確かな実体だと思っていた世界の構成要素は、まったく確かなものでなんかなかった。

押せば倒れる張りぼてだ。書割だ。




そのトラブルの内容は、本当に些細なこと、ささやかなことです。

「もぉ~(笑)、今度からは気をつけてよね!」で済んでもおかしくないことなんです。



でも、私の中の傷を直撃してしまいました。


誰かがすれ違いざまに誰かの肩に当たる。よくあること。

でもその相手の人は丁度その場所に深いまだ癒えてない傷を持っていた。

何の悪気も無いただのはずみ、よくあることなのに、傷を持っている人はその場で悶絶しなければならないほどの苦痛を感じることとなってしまった。


そんな感じです。


多分、私が「課題」を求めている時機だったんでしょうね。

基本的信頼とはなにか、について考えなければいけないタイミングだった。





「あの人も私を応援してくれている、あの人も私を認めてくれている、あの人も、あの人も、と今まで数え上げてきた。でも、全て思い込みに過ぎないのでは?」

「信頼って、一体なんだろう。私はいったい、今まで何を信じてきたんだろう。

これからは一体、何を信じて生きていけばいいんだろう。」


私の住んでいる世界というものの確かさが揺らぎました。

確かな実体だと思っていた世界の構成要素は、まったく確かなものでなんかなかった。

押せば倒れる張りぼてだ。書割だ。


(つづく)
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# by tamahomishio | 2005-07-17 23:33 | 過去生の記憶?

長い旅を終え、帰って参りました・・・

5泊6日東京の旅を終え、7/14(今日)の午後6時半、帰宅しました。

主観的に、とても長い旅でした。

この旅の主な目的は、認定コーチ資格試験を受けることだったのですが、終えてみて思うことは、「この旅全体がまるで人生の昇格試験だったなあ」ということです・・・

イニシエーションを受けたような気分ですね・・・



CTIジャパン認定のコーアクティブコーチ資格試験(略してCPCC)の首尾は、ちょっと思わしくないです(^^;

筆記試験もあるんですが、実技重視(つまり複数の試験官が見守りビデオが回る中、コーチングのぶっつけ本番をさせられる^^;)なんですね。

その実技のコーチングが、自分らしいかどうか。

自分らしいコーチングが出来ているかどうか、それだけを見られるそうなんですが・・・


「自分らしかったか?」とわが胸に尋ねてみても、「全然」という返事しかかえってきません(苦笑)。

つまり、落ちたかな、と(大苦笑)



でも、人生の昇格試験には、合格したような気がしています。

かなり感動体験でした。

詳しくは、明日以降、おいおい書いていきますね。



まずは「読み聞かせワークショップ」実施ご報告もしたいですし!
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# by tamahomishio | 2005-07-14 00:15 | コーチングにもつながる考え方

魔女狩りの記憶 その4

「私、たぶん、たくさんの人を教えたり導いたりして、そのせいでみんなを死なせてしまったことがあると思う。

それがその『魔女学校』のときかなあ。

私が教えたせいで、魔女狩りで死に追いやってしまった、って自分をひどく責めたんじゃないかなあ。

私のせいだーっ、って・・・」


和やかに談笑している中、私がボソッとそうつぶやくと、wingさんが予想外の激しい反応を見せてくれました。

突然、顔をくしゃくしゃにして涙をポロポロ・・・

「ちがうよ、たまちゃん、あなたのせいじゃない・・・」

私も一緒に泣いてしまいました。

マリアさんもさゆりんも一瞬だまりこみ、なんともいえない静寂があたりを包みました。

無言のうちに何か重い記憶を共有した一瞬でした。




突然ですが、最近のマイブーム漫画からの抜粋です。

-----岸本斉史「NARUTO」集英社 第26巻179-187pより抜粋----


(シカマルという少年が、仲間の救出という任務の小隊長を命じられるが、次々に小隊のメンバーは強すぎる敵に倒される。仲間の救出も果たせない。

自身は軽症で済んだシカマルは、重傷を負った小隊員の手術が終わるのを手術室の前で待っている。)



  「俺は今回の任務ではじめて小隊長についた。

   それでわかった。

   俺は忍にゃ向いてねえ・・・。

   俺が甘かった。

   力が足りなかった。

   全部俺のせいだ・・・。」




そうつぶやいてその場を立ち去ろうとするシカマルに、

  「傷つくのが怖いのか?」


という厳しい声が飛ぶ。




  「お前が忍をやめても任務は続く。

  誰かがやらなきゃなんねーんだ。



  お前の仲間はまた別の隊長のもと、出動するだけだ。

  そこでお前の仲間は死ぬかもしれねえ・・・。

  だがもしその時隊長がお前だったら・・・

  仲間はそうならずに済むかもしれねえ・・・。


  今回を反省し、経験を生かして学べば・・・

  任務をより完璧にこなせるかもしれねえ。



  本当に仲間を大切におもうならな、

  逃げることを考える前に・・・

  仲間のためにてめーがより優秀になることを考えやがれ!



  それが本当の仲間ってもんだろーが。

  この腰抜けが!」



そこへ、重傷の仲間が一命を取り留めたという知らせを持って里長がやってくる。

  「シカマル、どうやら任務は失敗のようだね。

  でもみんな生きてる。

  それがなによりだ。」



里長へのシカマルの返事は



  「次こそは・・・完璧にこなして見せます・・・!」


滂沱の涙と共に、搾り出すように・・・。



-----岸本斉史「NARUTO」集英社 第26巻179-187pより抜粋----





これは、まさに私が今直面している課題。

仲間を危険にさらした罪悪感から、「もう何もやらない。責任もてないから、もうやめる。」と、私は逃げを決め込んでいたわけです。

もうなにもやらず自主謹慎を決め込んでいることで償いとしようと・・・。



そこへ一喝。


  「お前が忍をやめても任務は続く。

  誰かがやらなきゃなんねーんだ。」




  「今回を反省し、経験を生かして学べば・・・

  任務をより完璧にこなせるかもしれねえ。」



  「本当に仲間を大切におもうならな、

  逃げることを考える前に・・・

  仲間のためにてめーがより優秀になることを考えやがれ!」






もしそれができたら・・・

  今度こそうまくやれるかもしれない・・・。





シカマル~

まだ少年のあんたが「次こそは・・・完璧にこなして見せます・・・!」と言うなら、私もやるよ・・・。

滂沱の涙と共に、搾り出すように言うなら・・・私もやるよ。

私も挑むよ。


過去に一度や二度失敗したからと言って、それがなんだろう?


こうしてまた巡りあえるなら、一度や二度の別れがそれがなんだろう?


今度こそ、うまくやる。

今度こそ。


それが本当の償いじゃないのか?


(つづく)
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# by tamahomishio | 2005-07-09 18:37 | 過去生の記憶?

波動療法個人セッション  親友Kちゃんからの体験談

もうすっかり波動療法の虜! 

めちゃくちゃ気持ち良いマッサージ

リーディング、波動

その上、心理療法も。

これを二時間弱びっちりと、先生二人がかりで。

あの日から、私は波動療法の素晴らしさを世の中に伝える伝道師となりました(笑)

ある日の日記で波動療法の魅力を熱く語った私ですが(^^)

私たちの熱いラブコールに答えて、小窪先生と荒島先生がまた北海道に来てくださることになりました!


      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'


親友Kちゃんから体験談をもらいました!

私の体験とはまただいぶ違うので(私は身体のマッサージしてもらったけどなあ)参考までにアップいたします!



    波動療法 体験談

波動という言葉のとうり、波動療法は日ごとに波打つように、わたしの体を揺さぶっている。

先生は、わたしの顔をじっと見て、「ものすごく、さみしがりやだね」と言った。

その後いくつかの質問に答えた後、

病弱な父を献身的に介護しながら商売を支える母の生き方から、

わたしが身につけてしまっているさみしい生き方に焦点を絞り込んだ。

ベットに横になり、頸椎から脊椎、仙骨を調整し、

問診で絞り込んだ私の生き方を、新たに入れ替えるためにじっくりと時間が使われた。


それは、生まれ直しというイメージ療法という感じ。

わたしは母の体内に戻り、もう一度受精の瞬間から、

希望に満ちて喜びのなかこの世に生まれ直してきた。

その後、私の二人の息子の産み直しも終えた。

この後、毎日の生活のなかで、少しづつ体が変化していくから、

ゆっくりするようにアドバイスされ、最後に わたしの顔をじっと見て、

「少年のような表情になったね」と言われた。



実は、わたしは一ヶ月前から左足がしびれと痛みで動けなくなっていた。

体が悲鳴をあげて、助けてほしいと訴えていたが、

どこで自分を休めていいのかわからなかった。

それは、母の生き方から学んだものだったらしい。

波動療法を受けてから、自分のからだを助けるのは、自分なのだとよくわかる。

あ、今これ以上動くと、また足のしびれが強くなる。

あ、立ちくらみがするから、この仕事は終わってないが休もう。

と、からだからのメッセージに即、対応しつつある。

これまでのわたしの芯だと思いこんでいたものは、

母の後ろ姿でしかなく、私は私の姿勢を意図して明確にもってないと、

歩けなくなって当然だった・・・。


でも、からだはゆっくりと私がバランスのとれる芯をさがしているかのように、

日々、小さな痛みを訴えて、調整をしているところ。


入れ替えたわたしの細胞は、波打ちながら自分自身に蘇る旅の途中。 

今度また、先生に、会えるのが楽しみ!!
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# by tamahomishio | 2005-07-01 11:41

長新太さん追悼号【魂に効く絵本】

魂に効く絵本  ~絵本は恋に似ている~ 2005.7.1 第7号
 


長新太さんが亡くなりました。

ナンセンス絵本の巨匠でいらっしゃいました。

巨星墜つ、の感があります・・・




というわけで、長新太さん追悼号


   ☆「理屈抜きに 五感で楽しむ体験の 大切さ」

                 を語る絵本 ご紹介

    

    ・『キャベツくん』(五歳くらいから)

    ・ 私の お気に入り長新太作品     



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 ● 『キャベツくん』

  長 新太 文・絵  文研出版

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     ~~あらすじ~~


 キャベツくんが あるいていくと

 ブタヤマさんに あいました。



 「おなかがすいて フラフラなんだ。

      キャベツ、おまえをたべる!」




 キャベツくんが

 「ぼくをたべると キャベツになるよ!」と

 いいました。



    「ブキャ!」



 ブタヤマさんは そらをみて、

 びっくりしてしまいました。

 はなが キャベツになっている ブタヤマさんが、

 そらにうかんでいます。




 キャベツくんが、

 「ぼくをたべると、こうなる」といいました。

 「じゃあ、へびが きみをたべたら、

             どうなるんだ?」


 「こうなる!」とキャベツくんはいいました。


    「ブキャ!」


 キャベツを 三玉 串刺しにした、

 おだんごみたいなへびが そらにうかんでいます。




 「じゃあ、タヌキがたべたら、どうなる?」


 「こうなる!」とキャベツくんはいいました。


     「ブキャ!」
 

 (さて、どんなものが空にうかんでいたでしょう^^?)




 「じゃあゴリラがたべたら?」


 「こうなる!」とキャベツくんはいいました。


      「ブキャ!」


  (さて、どんなものが空にうかんでいたでしょう^^?)

         ・

         ・
       
         ・



      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'




“「こうなる!」とキャベツくんはいいました。”

この決まり文句が各ページの末尾。




そこで、次のページをめくると、一行目が




    「ブキャ!」





そして、大きく宙に浮かぶ、


身体の一部がキャベツになってしまった動物の、


バカバカしくも笑える ナンセンス戯画。




その、リズミカルな繰り返し。



“「こうなる!」とキャベツくんはいいました。”

の決まり文句に、「くるぞ くるぞ くるぞ」と

いやがうえにも盛り上がる期待(^^)



「やっぱりキタ~ッ!」

期待を裏切らない、いや期待以上のバカバカしさの快さ。





理性や知性のスイッチを切り、


理屈ぬきに大笑いするためにある本。






      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'






絵本は、子どもたちの純粋な喜びのために存在します。


文字や言葉や知識を教えるためにあるのではない。

喜びや笑いや感動のためにあるのです。

純粋なエンターテイメントのためにある。

幼い人たちが最初に出会う芸術作品なのです。




しつけや教育のためにあるのではない。

子どもに思想的なスローガンを訴える手段ではない。

生きる喜びをはぐくむ純粋な芸術なのです。




長新太さんの作品はどれもこれもナンセンスです。

頭をつかって理解できる範疇を大きく超えてしまっている。


そこが素敵です。

頭のスイッチを切って、五感で理屈ぬきに楽しむためにある絵本。

そのコンセプトが明確なのです。




知性、理性、知識、教養、分析、批判、論理的思考力

すべて確かにとても重要なものです。

でも、時に応じてスイッチを切ることができないと、

生きる力が邪魔されることがあります。

生きる力は身体に住んでいる非論理的なものなのです。



好き、ワクワク、愛、喜び、悲しみ、情熱、怒り、ハングリー精神、悔しさ、、、、


これらの「想い」こそが牽引力。

「こうでありたい!」という強い想い。

知性や論理的思考力は、

その「想い」を叶えるために働くサポーターに過ぎません。


その「想い」のために

次の一歩を右にとるのか左にとるのかを判断する。

その役目が知性や理性の役割です。

あくまでも二次的な存在。サポーター。



まず、「想い」ありき。

あちらの方へ一歩ずつでも近づいて行きたいのだという切望あっての人生。


まずはエンジンが、牽引力が働かなければ歩き出せない。

どこへ向かえばいいのかわからない。

駆り立てられるものがなくてどうして進めるだろう?

「想い」がなければ、自分が何がしたいのか分からない。

どんな人生を生きたいのかわからない。




まず、「想い」ありき。

「こうでありたい!」という切望。





「想い」に導かれる充実した人生のために

幼い人に 心がふるえ、喜ぶ経験を与えたい。

知性や理性を刺激する情報ではなく、

心や胸が喜ぶ情報を与えたい。



理屈を超えた五感への刺激。

まずは心の栄養、心の食べ物。

美しくて、純粋な生きる喜びを与えるものを。


人は、感動することによってしか変わらない。

人は、内側からしか変容しない。

人の天命を示す飛行石は、胸でしか光らないのです。




まずは「想い」あっての人間

まずは「想い」あっての人生。



まず、幼い人には、心がふるえ、喜ぶ経験を。

知性や理性を刺激する情報ではなく。






      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





理性や知性のスイッチを切り

純粋に五感で楽しむ体験をくれる名作。


『キャベツくん』
  長 新太 文・絵  文研出版
(読んであげるなら五歳くらいから)








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 ● 私の お気に入り長新太作品 ご紹介!

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☆『つ き よ』 教育画劇

三日月の輝く晩、
たぬきは人知れぬ山奥の湖で、
三日月がこっそりと
あんなことやこんなことをやっているのを見てしまいました!

たぬきはびっくりして、
思わず 
おなかをぎゅうっと両手でつかんでしまいました・・・





☆『おばけのいちにち』 偕成社

おばけって、いったいどんな一日をすごしているんでしょうか?

細長い勾玉みたいな形をして目鼻もない、
緑色一色のシュールなおばけ。

どんな歯ブラシ使ってるの? 
はいているパンツは? 
かぶっている帽子は?

訪ねてくる友達、ネコとのケンカの様子、などなど、
おばけの隠された日常が明らかに!





☆『つきよのかいじゅう』 佼成出版社

かいじゅうをカメラで撮影したい! 
人里離れた湖で、
かいじゅうが現われるのをひたすら待ち続けた
カメラマンの見たものは?!





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





長新太作品にハズレはありません。

静かで品のいいナンセンス。

シュールな中に穏やかな温かさのある笑い。

おおらかで広がりのある画風。



長新太作品の末尾の数行が、特に好きです。


◇『キャベツくん』の末尾

  「ブタヤマさんの よだれが
  かぜにのって、やわらかく
  ながれていきました。」


◇『つ き よ』の末尾

  「いけは もりのおくのほうに あるので、
  せかいいちの たんけんかだって
  みつからないと、ぼくはおもいます。」



◇『おばけのいちにち』の末尾

  「よるになった。
  おかのうえの おばけのいえ。

  しろいはなが さきはじめた。」





詩的な味わいのある 静かな余韻を残す終わり方・・・


シュールでナンセンスな絵本ですが、
無理にオチをつけようとはしていない。



ナンセンス絵本ならばお笑いで締めようとしたり、
または話が広がりすぎて
収集がつかなくなったりしそうなものですが。



この詩的で節度のある距離感が好ましい。

長新太作品の 魅力の秘密のひとつのように思います。





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





子どもの本にメッセージは要らない。



いや、メッセージはこもっていてもいいかもしれない。

でも、意図はいらない。

教育はいらない。

説教もしつけも理屈もいらない。


そんな、私の絵本論を裏づけしてくれるかのような 

ナンセンスな 長新太作品の数々。



絵本に、メッセージも教育も主義主張も要らない。

ただ、面白く、夢中になれればいい。

ただ、心に響けばいい。





メッセージは汲み取るものだ。

読んだ子どもたちが各自、自分の手で汲み取るものだ。

与えられるものではない。

教え込まれるものではない。






ラピュタの飛行石は胸で光るのだ。

頭で、ではない。




まずは子どもたちに、心の栄養を与えよう。

理屈ぬきのワクワクと喜びと快さを与えよう。

それこそが生きる力をはぐくむだろう。

絵本は生きる喜びを育てる栄養だ。

心の食べ物だ。




 シュタイナー教育を紹介する『7歳までは夢の中』によると、
 7歳以前は心の栄養だけでよいそうです。

 頭の栄養を与えるにはまだ早すぎるとか。

 虫や自然についての科学絵本も、
 知識を教え込むためのものではなく、
 「自然の驚異」に目を見開かせる、
 「センスオブワンダー」だけで満ちたものを。




絵本は何かを教えるためのものではない。

絵本は何か主義主張を訴えるための手段ではない。

絵本は幼い人々が最初に出会う芸術作品なのだ。

まずは純粋な喜びと感動のために。

まずは純粋な楽しみのために。

まずは美しさを愛でるために。

まずは笑うために。

まずは面白がるために。

感動のあとに汲み取れるメッセージがある。

笑いとわくわくのあとにそっと残るメッセージがある。

そんなものであって欲しい。




      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'




長新太さんは、

純粋な喜びと楽しみのための絵本を

たくさん世に送り出してくれた

空に大きく輝く星でした。



今は、あちらの世界で、

キャベツくんやブタヤマさんや、

たぬきやかいじゅうやおばけたち、長ワールドの住人たちと

心行くまで遊んでいらっしゃるのかもしれませんね。



たくさんの豊かな喜びを、

たくさんの子どもと大人たちに遺してくれて、

ありがとうございました。


ゆっくりと、お休みください。




      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'




『つ き よ』 教育画劇
(読んであげるなら五歳くらいから)

『おばけのいちにち』 偕成社
(読んであげるなら五歳くらいから)

『つきよのかいじゅう』 佼成出版社
(読んであげるなら五歳くらいから)


長 新太 アマゾン全検索結果なんと376件!
どれもこれも名作です。
長新太作品にはずれなし。




参考図書

『七歳までは夢の中―親だからできる幼児期のシュタイナー教育』
松井 るり子 著、学陽書房

『センス・オブ・ワンダー』
レイチェル・L. カーソン 著、新潮社
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# by tamahomishio | 2005-06-30 15:56 | 魂に効く絵本

波動療法体験記!

それでは、波動療法体験記。



えっと、実は私、全然期待してなかったんです。

赤井川でのイベントに、チャネラーのロイをハワイから招くだけでなく、東京から波動療法の先生を招くと聞いても、まったくピンと来ませんでした。


自発的には決して受けなかったと思います。


私、疲れやすいし自律神経失調症とかの持病もあるんですが、そんなに悩んだり困ったりしてないんです。


ごまかしごまかしでなんとか毎日の生活が送れるので、これでいい、と思っていて。

全然問題意識を持ってなくて。



それが、イベントの現地スタッフとして運転手代わりに狩りだされることになり、そのお礼として波動療法を受けられるようにしておく、とNaokoさんに言われ、「そういうことならば受けてもいい」くらいな気分でした。



そして、私の予約として知らされた時間に、恐る恐る、波動療法の小窪先生と荒島先生の待つ部屋のドアを開けました・・・。



そして、大感動いたしました。


直後から、私は信奉者になりました。


私は波動療法の素晴らしさを世の中に伝える伝道師となりました(笑)




期待してなかった分、感動が大きいです!



これを体験してしまうと、今まで私が受けてきたの指圧とかマッサージってなんだったんだろう、と思います。


比べると、私が今まで受けたことのある指圧やマッサージの人って、「決められた時間、決められた手順でしかるべき場所を刺激してればいいんでしょう」というようなスタンスだったような気がしてきます。


ぼんやりと「今日の晩御飯何食べよう」とか、そんな感じで別なことに思いをめぐらせながら、ただ時間をやり過ごしていただけのような気が。




なんていうか、やはりセラピストは人間力ですよね。



Being(在り方)こそが大切です。

Being(在り方)こそが人の胸を打ち、人の心を開かせる。

Doing(何をするか)ではありません。


決められた時間、決められた手順でしかるべき場所を刺激してればそれでいい、というものじゃない。




“心ここにあらず”

“なあなあ”

“おためごかし”


それらの正反対に位置する関わり方。


そんな真摯なスタンスで、小窪先生と荒島先生には関わっていただいたと感じます。

大いに感動いたしました。




もちろん、親友かよちゃんのしてくれる足心道の足もみなど、心のこもったマッサージを受けたことがないわけではないんです。


波動療法のすごいところは、ただマッサージするだけでもないというところです。



マッサージもしてくれるんですよ。

それがめちゃくちゃ気持ち良いんですが。

それだけじゃなく、リーディングもしてくれるし、波動を流してもくれる。

その上、心理療法もプラスされてる。

一種の短く簡素なインナーチャイルドワークがセットで付いて来る、みたいな(^^)



リーディングとしては、身体を触りながら、「何歳くらいにこんなことがあったでしょう」みたいなことを色々言われたりします。

「こんな感情をひどく溜め込むタイプですね」とかね。

「ここがこんな風に痛いでしょう」とか。

半分霊感占い師みたいです。

それがまたかなり当たってる。

すごい。




それから、波動を流してもくれるんですが、レイキに似た温かいエネルギーを流し込んでくれます。

これがまた気持ちいい!!




それから、二時間弱の施術の間中、「ずっとがんばってきたんだね」「つらかったね」「もうがんばらなくてもいいんだよ」「そのままの自分でいていいんだよ」などの心のこもった言葉をかけ続けてくれます。


めちゃくちゃ癒されます!

何度も何度も泣きそうになりました。


「生まれなおし」や「生みなおし」のワークもします。

もうすでに心理療法の世界ですよね。



「生みなおし」はお子さんの居る方用です。

子どもを身ごもってから出産まで、ずっと幸せで愛に包まれていた、と母親がイメージングすることで、子どもがガラッと変わるそうです。

アトピーや喘息だって治るよ、と先生に言われました。


でも、母親が癒されて、変われば、子どもが変わり健康になる、っていうのはすごく良くわかります。

さもありなん、って感じです。

うちの場合は残念ながら効果の程はまだわかりません。

というのも、丁度今息子たち二人ともアトピーも喘息も治まっている時期で・・・。

でも、期待できると感じています。



めちゃくちゃ気持ち良いマッサージ

リーディング、波動

その上、心理療法も。



これを二時間弱びっちりと、先生二人がかりで。



私はリピーターになります!

家族にも受けさせたい。

友人知人にも薦めまわりたい。



だからまた北海道にお二人を招くことになりました!


興味のある方は無料メルマガ「北海道知的探検ワクワク情報」を購読登録しておいてくださいね。

日時など、詳細が決まり次第、そちらでアナウンスいたします!



道外の方のために、波動療法の先生の連絡先をお知らせしますね。

ブログで公開OKの許可ももういただいてます(^^)

料金は、北海道まで来てくださっていたので、交通費・宿泊費も入っているのかもしれませんが、一回二時間弱で二万円でした。

東京で受ければもっと安いかもしれませんね。

今手元に名刺があるのですが、HPとかはお持ちじゃないようです。

連絡先としては、携帯番号しか書いてないのですが、それをお知らせしますね。


090-1263-6171 アイシン波動療術院
090-3806-2611 荒島先生
090-8784-1104 小窪先生



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スピリチュアル・コーチ 珠帆 美汐
CPCC (Certified Professional Co-Active Coach)
米国CTI 認定プロフェッショナル・コーアクティブ・コーチ

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# by tamahomishio | 2005-06-18 01:51 | 自分の本質を輝かせる!

溜め込んだ怒りと憎悪 その5(完結編)

だらだら書いているうちに、記憶もあやふやになってきてしまいました(^^;

でも、せっかくなので、完結させます!


コメントくださった方へのレスにも書いたのですが、私が一番このシリーズ日記で言いたかったのは、


「一日は夜があってはじめて完全な一日となる。

人格だってそう。

影の部分があってはじめて完全な一人の人間となる。」


ということなんです。

有名な『ゲド戦記』の名前を出すまでもなく、こんなことはどこででも言われていて、周知の事実ですよね。


心理学好きな私は、中学生の時に『ゲド戦記』、『夢判断』(フロイトですね^^)読んだときからそんな概念は良く知ってました。


でも、自分のお腹の痛みの原因が、怒り狂った藍色の竜だ、と

ブリージングセラピーで気がつくまで、

自分が自分の影の人格を打ち負かし、抑圧し、無視しているなんて、

一切気がつけずにいました。



狭いところに閉じ込められ、怒り狂って壁に体を打ち付けて暴れている竜の存在に気がつき、

注意を向けたら、それだけで、竜の怒りは静まって行きました。


そして、さめざめと泣き始めました。

ひどく傷ついていること、

その傷がまだ全然癒えておらず、まだ血が流れていること、

その耐えがたい苦痛ゆえ再び傷つくのをひどく警戒していること、

だからこそ怒りと憎しみの臨戦態勢で防御していること、などが、よく伝わってきます。



多分、過去生から持ち越してきた傷、怒り、憎しみなんでしょうね。


今まで、人格を乗っ取られて圧倒され振り回されるか、

でなければ打ち負かして抑圧して押し込めるか、

そんな極端な対応しか、してこなかった・・・


こんなふうに、存在に気づき、寄り添うなんて、したことがなかった。

そんなことに気づきます。


その怒り狂った竜に気がついてから今日で二週間ちょっと。

その間、注意を向け続け、その怒りや苦痛を共有しつづけました。

どんどん怒りは静まり、穏やかに、ただ哀しげなだけになっていきました。



無視して蓋をして押し込めても、いなくはならない。

人格を乗っ取られ、振り回されても、満足してくれたりしない。

蓋を開けて、その存在に気づき、正視したら、穏やかになり、コントロールできるようになる。


でも、蓋を開けるのが難しい。

蓋の存在に気づくのがまず難しい。

なにかを閉じ込めているのかもしれない、ということに気づくのがまず難しい。


そのために、ヒプノセラピー、ブリージングセラピー、前世療法、などのセラピーが生み出されたんでしょうね。

そのために、セラピストがいるんですよね。


楽天仲間にもたくさんのすぐれたセラピストさんがいらっしゃいます。

ぜひ、頼ってみてくださいね。

Rosemaryさん(今回は私はRosemaryさんにお世話になりました^^)

りり&ririさん

さゆりん
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# by tamahomishio | 2005-06-03 18:02 | 過去生の記憶?

魂に効く絵本『おおきなきがほしい』

魂に効く絵本  ~絵本は恋に似ている~ 2005.6.1 第6号
 


      ':・:*:. ☆ .:*:・:'



もう初夏ですね。

青葉が目にまぶしい季節です。

木々の濃い緑陰が映える季節。


この季節にふさわしい絵本ということで、

「おおきな きが ほしい」を選んでみました(^^)




   ☆「大自然に抱きとめられながら
        一人で過ごす時間の大切さ」を語る絵本 ご紹介

    
    『おおきな きが ほしい』(5歳くらいから)

    『あな』(4歳くらいから)
    




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 ● 『おおきな きが ほしい』

  さとう さとる 作・ むらかみ つとむ 絵   偕成社

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     ~~あらすじ~~

 おおきな おおきな 木が あると いいな。

 うーーーんと太くて、

 もちろん かおるひとりで手をまわしたくらいでは

 抱えられないような、そんな太い木。



 そのおおきな木にはしごをかけ、どんどん登っていくと、

 途中にかおるの家があるのです。

 そこには小さな台所もあり、ちいさなベッドもあります。

 「ぼく、ホットケーキなら、ひとりで できるんだ。」



 妹のかよちゃんも連れてきてあげようかな。

 そのためには吊り篭を付けて、

 ハンドルを回すだけで あがってこれるようにしてあげよう。



 その家からもっと上、木のこずえ近くには見晴台があるのです。


 見晴台の近くにはリスの巣穴があり、小鳥たちがいます。。。。


 見晴台からは遥か遠くまで見渡せます。

 「ぼく、とりに なった みたいだ」



 もうすぐ夏です。

 夏になると、高い木の上のかおるの部屋は、

 さぞかし涼しいことでしょう。


 秋になると・・・




    かおるの空想はどんどん広がるのでした。







 そしてつぎの日曜日、

 おとうさんとかおるは本当に木を植えました。

 まてばしい という、とても大きくなる木だそうです。





  ライプチヒ国際図書デザイン展銅賞受賞。






      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'






自由な空想の翼にのって、自立を模索し始めた子どもの絵本。



おおきなおおきな木の上の、小さなかおるの小屋には、

大人は入れない。



でも、小さな妹なら連れてきてあげてもいい。

リスや小鳥になら木のウロを貸してあげてもいい。

妹、リス、小鳥・・・

病的な孤立ではない、同胞とのつながりを保った、あたたかな孤独。

弱いもの、小さいものへのいたわりも感じる。




おおきなおおきな木に育つ 苗を植えるということ。

それは、夢、希望の種をまくということ。


親が それにつきあってくれる喜び。


その苗は いつか大きく育つだろう。


  それは多分、自己。



  いずれ、時を経て 大きく育ち、

  人を受け入れ、共存し、高みから広々とした世界をながめる。



それは、自分のスペースを確立していく過程。

自己を確立していく過程。





この絵本で描かれるのは 個の崇高さ。

人はその内面世界を尊重されなければならない。


  子どもであろうと。


いや、これから自立していかねばならない 子どもだからこそ。




子どもの内面世界を尊重しよう。


子どもが庭の隅に植えた小さな種には、

それだけの 夢と希望とストーリーが 

こめられているかもしれないのだ。






      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'






ひとりの場所の大切さ。

ひとりでいる時間の大切さ。

スペースの確保の意味。


それらを静かに描き出す名作絵本。




なぜ子どもは、

机の下や部屋の隅、ベッドの下や大きめの段ボール箱の中などに

すぐにもぐりこみたがるんだろう。



なぜ子どもは、

性差に関係なく、

「ここは**ちゃんのおうち。++ちゃんはお客さんね」などと

言いたがるんだろう。


なぜ子どもは、一定の年齢に達すると必ず秘密基地を作るのだろう。





その答えは、人が自分自身になっていく過程での


  自分の中に埋没する時間の必要さ

  自分をひとりで見つめなおす体験の重要さ 


の中にあるのではないだろうか。





子どもが一人で静かにすごす時間を大切にしてあげよう。

それは決して、子どもを一人ぼっちで放置する ということではない。


おとなの 温かな配慮と視線の中 見守られているという安心感のもとで、

存分に一人の世界に浸らせてあげるということ。



見守られてひとりでいるときに、意味深い変容が起こる。

見守られている、という大きな安心感のもとでこそ、

「ひとりでいることのできる能力」は育まれる。

ひとりでいる能力を身に付けて、

はじめて人はその人自身になることができる。




おとなだって ひとりになろう。




 あなたはひとりの時間を大切にしていますか?

 あなたは自分自身を大切にしていますか?

 あなたは自分の本質とつながってますか?



できれば、無機質な場所よりも、

母なる大自然のふところに抱かれ、

見守られているという実感が得られる場所を探してみよう。

その場所で、のびのびと自分自身になってみよう。



  おおきな木のそばで。

  海辺で。

  山の中で。

  滝の傍で。





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





『おおきな きが ほしい』
さとう さとる 作・ むらかみ つとむ 絵   
偕成社(およそ5歳くらいから)





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'






 ☆「大自然に抱きとめられながら
        一人で過ごす時間の大切さ」を語る絵本 
   もう一冊 ご紹介

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 ● 『あな』

  谷川 俊太郎 作・ 和田 誠 絵   福音館

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 にちようびの朝、なにもすることがなかったので、

 ひろしは あなをほりはじめた。

 おかあさんがきた。「なにやってるの?」

 ひろしはこたえた。「あな 掘ってるのさ」

 そういて あなをほりつづけた・・・

 ・・・

 おとうさんがきた。「なかなかいいあなができたな」

 ひろしはこたえた。「まあね」そうして あなにすわりつづけた。


 ・・・・

 あなの なかからみる そらは、

 いつもより もっとあおく もっとたかく おもえた。

 そのそらを いっぴきのちょうちょうが 

 ひらひらと よこぎっていった。


 ・・・・

 「これは ぼくの あなだ」 もういちどひろしはおもった。

 そうして ゆっくり あなを うめはじめた。


 (おわり)




     ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'




ただ穴を掘り、その中にしばらく座り、そしてその穴を埋める。

それだけ。

それ以外になにも起こらない。

  なのに、1983年の発刊以来、20年以上のロングセラー。




読む人の胸を打つ真実が含まれているからこそだと思う。

読んでもらう 子どもの内面世界に響く 真理が含まれているからこそ。



  ひとりの場所の大切さ。

  ひとりでいる時間の大切さ。

  スペースの確保の意味。


それらを静かに描き出す名作絵本。



人が自分自身になっていく過程での

自分の中に埋没する時間の必要さ、

自分をひとりで見つめなおす体験の重要さ。



あなたも、

母なる大自然に見守られているという実感が得られる場所で、

のびのびと自分自身になってみよう。


  おおきな木のそばで。

  海辺で。

  山の中で。

  滝の傍で。


  大地にほった、深い穴の中で。

(これこそまさに、母なる大地のふところに抱かれて、

                 ってことですよね。)





      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'





村上春樹の言葉に、

「井戸を掘って掘って掘っていくと、

そこでまったくつながるはずのない壁を越えてつながる、

というコミットメント」
(『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』p70)

というのを読んだことがあります。




「すべての大陸が海でつながっているように、

すべての人は感情でつながっている。」

(本田 健 講演会 での言葉)




表面的な違いをこえて 深く掘り下げていったとき、

私たちはメタスキル(感情)でつながれるのです。



そのためには、まず、存分に一人の世界に浸ること。

ひとりでいる能力を身に付けて、

はじめて 孤立からは無縁になれる。



ひとりでいる能力を身に付けて、

はじめて 

本来の自分自身として、

人と本当の意味でつながれるのではないでしょうか。


 逆説的ですが。




      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'




『あな』
谷川 俊太郎 作・ 和田 誠 絵   
福音館
 * 読んであげるなら4歳くらいから

      ‘:・:*:. ☆ .:*:・:'


参考文献

『子どもが孤独(ひとり)でいる時間(とき)』
エリーズ ボールディング (著), 松岡 享子 (翻訳)
こぐま社

『孤独であるためのレッスン』 NHKブックス
諸富 祥彦 (著) 日本放送出版協会

『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』 新潮文庫
河合 隼雄 (著), 村上 春樹 (著) 文庫 (1998/12) 新潮社

『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』
河合 隼雄 (著), 村上 春樹 (著) 単行本 (1996/12) 岩波書店


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# by tamahomishio | 2005-06-01 15:50 | 魂に効く絵本

溜め込んだ怒りと憎悪 その4

ちょっと間が空きましたが、シリーズものの続きです(^^)


私が最初にTVアニメ「ナルト」にはまるきっかけになったのは、我愛羅という敵役と主人公のナルトとの闘いの放映でした。

孤独の中で愛を知らずに育ち、それでもなお、光を信じ、光を追い求めて生きたいナルトと。

孤独の中で愛を知らずに育ち、だからもう、心を閉ざして闇の世界に引きこもっていたい我愛羅と。

そんな二人が、TVの中で戦っていました。

「仲間だと?! ふざけるな! 自分のためだけに闘え!それが強さだ!」と我愛羅は叫んでました。

「守りたい人がいて、それではじめて人は強くなれるんだ! 俺は仲間のために闘う!」とナルトは叫んでいました。


まさに、私の内面のせめぎ合いを見せられたと思いました。

「ロードオブザリング」の中でも、スメアゴルとゴラムが似たような言い争いをしていましたよね。
ひとつの人格の中の、明暗の部分の押し問答・・・。



確か去年の夏ごろの放映だったと思います。

それ以来、ずっと「私の中にはナルトと我愛羅の二つの人格がいて、いつもせめぎあう」と感じて暮らして来ました。


人前に出るのが怖い私は「我愛羅」(というより、不信感ゆえのビクビクさ・オドオドさかげんはむしろゴラム? 我愛羅ならば強いからね~)。

怖いのを押して、それでも子育てコーチングセミナーを開いたり、人とかかわりお役に立って行こうとする私が「ナルト」(こちらもむしろスメアゴルかも)。

子育てコーチングセミナーの前にお腹が痛くなる私は「我愛羅」(というよりむしろゴラム)。

痛むお腹をさすりながら、新聞社にチラシをファックスしたり、たくさんの人に知ってもらおうと心を砕く私が「ナルト」。



「ナルト(スメアゴル)」が偉いと、私の中のその部分こそが正しい、と、そちらばかりを応援し、「我愛羅(ゴラム)」の存在を否定し、押さえつけ、閉じ込めてしまっていた・・・。




それが、ブリージングセラピーの時にやっと気がついた、私の体内で怒りと憎悪にもがき苦しむ藍色の竜の正体でした。

(つづく)
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# by tamahomishio | 2005-05-31 17:57 | 過去生の記憶?